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谷川俊太郎「生きている」[2026年06月08日(Mon)]


生きている   谷川俊太郎


樹が生きている 生きて樹は
いま見えぬ新芽を用意している
(くじら)が 生きている 生きて鯨は
高く潮を吹きあげる

兵士が生きている 生きて兵士は
いままどろみのうちに夢を見る
子供が生きている 生きて子供は
大声で泣いている

あなたが生きている 生きてあなたは
新聞をひろげる
私が生きている 生きて私は話しかける
いま詩をかりて

水は生きている
いま朝の光にしぶきをあげる
平和もまた生きている
いま静かな声でおはようという

愛は生きている
いま記憶のうちに汗ばんでいる
怒りは生きている
怒りはいまわらう

歌は生きている
生きて心の底にある
沈黙は生きている
いまそれに耳をすます……

私たちは生きている
生きることのできなかったもののために
まだ生まれてこないもののために
私たちは生きている



  『詩人S』(集英社、2026年)より


◆谷川俊太郎の単行本未収録詩集から。

最終連に強く鼓舞される。
その遠心力に力を得て、ふたたび詩の冒頭に戻る……

かくて、この詩にしっかり手をつかんでもらってこの世界を眺め回して飽きることがない。

「鼓舞され」と書いたが、それは単に喩(たとえ)でなく、文字通りわが身をクルクル回しながら地上や海原、そこに生きているものたちが目の前に現れ消えて行くのを目に焼き付けながら、「私」自身が「生きている」(それはむろん「生かされている」ことでもある)ことに驚き、話しかけずにいられない。

いわばロンド(輪舞曲)のような回転する力は、詩の歌い出しから登場する同じ言葉の重ね方から生まれる。
 −−樹が生きている 生きて樹は

−−〈樹が生きている〉を、順序を入れ替えて、〈生きて樹は〉と続ける。長句を短句に変形して続けることで回転力が生まれる。
第三連までそのようにして加速する。あとは自在だ。
「水」「平和」「愛」「怒り」と旋舞を続ける。

独楽が安定した回転を続けるようになったら、その沈黙の歌に耳をすますだけでよい−−
歌は生きている生きて心の底にある
沈黙は生きているいまそれに耳をすます……

この四行が〈8音+12音〉および〈10音+11音……〉と、後の行の方が長句になっていて、詩の前半(第三連まで)と対照的であるのは、この、安定して回転し続けることばの力を示している。

かつて生きていた者たちと、これからこの世界に生まれてくるはずの者たちとは、そのようにして私たちを介することで確かにつながっている。


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