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大岡信「海はまだ」[2026年04月06日(Mon)]


海はまだ   大岡信


海はまだ冷たいか
あ 風はまだ燃えていないか
けれど光はもう身軽な豹だし
雲の指は思い出の入江をかきわける

人間の内側で
春が肌をみがきはじめると
すこし遅れて
地球にまたも
緑色がかえってくる



   三木卓・編『詩の玉手箱』(いそっぷ社、2008年)より


◆「海」「風」「光」「豹」……どれをとっても小学生ぐらいで使っていそうな言葉ばかりが並ぶ。名詞だけではない。「燃える」「みがく」「かえる」などの動詞もそう。なんの変哲もない、基本語ばかりだ。
ところが、それらの結びつき方となると全く手品を見せられているようだ。
あざやかな変化がそこに生まれ、しかもどうしてそうなるのか、キツネにつままれたような。

「光」が「豹」とくっつく。「春」が「肌をみがく」。こんなことばの接続はそうそう思いつくものではない。
「雲の指」も意表をつく。何だこれは?
だが、それが「思い出の入江をかきわける」と表現されると、そうかそういうことか、そう来るしかない、と思わずにいられない。雲や海が、自分でこさえた絵やアニメみたいに生き生きと命を吹き込まれて動き出す。

自分にもこんな詩が書けたらすごいだろう、と不敵な誘惑さえ、うごめいてくる。

だが、やってみればすぐわかる。
こちらが何時間もウンウン唸って脂汗を流すのとは違う膨大な時間が、これらの言葉たちのずっと深いところに、いつでも目覚められるようにして眠っていることが。




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