平塚らいてうの碑[2026年02月17日(Tue)]
◆茅ヶ崎・松籟庵のある一帯は高砂(たかすな)緑地公園として整備されているが、庵の南側出口のすぐ前に平塚らいてう(雷鳥)の碑がある。
かの有名な「元始、女性は太陽であつた/真正の人であつた」である。
雑誌『青踏』創刊号(1911年)の巻頭言として有名だ。
手前に碑誌があり、次のように刻まれていた。
平塚らいてう(一八八六〜一九七一)
東京に生まれ 日本女子大学に学ぶ
一九一一年の『青鞜』創刊の辞「元始、女性は太陽であった」は
日本女性初の人間宣言として 後世につたわる
大正期に新婦人協会をおこし 女性に禁じられていた
政治への一歩をひらく
第二次大戦後も女性解放 世界平和の初心を貫く
生涯の伴侶奥村博史と南湖の地でめぐりあい
茅ヶ崎を「愛のふるさと」と偲んだらいてうを想い
この碑を建立す
一九九八年五月二三日
◆らいてう=平塚明(はる)のパートナーである画家の奥村博史が茅ヶ崎・南湖院に結核で療養中であった。
らいてうや伊藤野枝など青鞜社をめぐる人々を青春群像として芝居にした永井愛は、『私たちは何も知らない』(2020年)の中で茅ヶ崎海岸の風景を真っ白な長いスロープによって表していた。印象的なシーンだった。



