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南雲和代「葦が哭く」[2026年01月16日(Fri)]


葦が哭く  南雲和代
 ――多摩川叙景


死んでいた
一月一日
凍てた光が多摩川に刺さっていた
男が
死んでいる
多摩川河川敷の団地の一階
夜になると川向こうの工業地帯の光が届く街
誰もいない保育園の砂場
砂を布団のように故郷を夢みながら
男が死んでいる

風花の舞う風とコロナウイルスで
蓑虫のように身体を寄せ踊っていた少年たちも
消えている
男の死は悼むものなく
砂場の砂で
ぬくもりを微かに感じながら
誰もしらない故郷に帰っていった

消えていた
ある朝
女は職場に来なくなった
前日にランチを一緒にとった同僚に
気配も感じさせず
私物のペンもおやつのお菓子も引き出しに
入れたまま
女は職場から姿を消した
ベテランの非常勤職員
残されたのは
若い正規雇用の職員と
老いた再雇用の職員たち
それでも
日々はまわっていく
豊かな国という幻想の貧しい国

鼠も死んでいた
いつものように
逃げきれるはずだった
地下道に逃げ込むつもりで頭から側溝に
ダイビング
正月の残飯を呑み込んで太った腹が側溝に
挟まり
動けなくなった
正月の夜は人通りもなく
側溝の穴に逆さまに死んだ
天敵の鴉も猫も犬もいなくなった日に
鼠も死んだ

  男も女も鼠も消えた
  多摩川は冬枯れの葦が哭く



    南雲和代(なぐも・かずよ)『僕たちはなくしたことばを拾いに行こう』(土曜美術社出版販売、2023年)より
 

黒田喜夫への献詞を添えた「多摩川叙景」と題する連作、その冒頭の詩。

「叙景」という名のもとに、川のほとりを舞台に棲息した生きものたちを描く。それぞれに誰もがここで生を刻んでいた。詩人は彼らの残した体温を感じ取る。その顔を思い浮かべ彼らの沈黙のことばに耳を傾けようとしている。

今や多摩川べりには、都心部のビル群に肩を並べるIT企業や高層マンションが並び立つ。
それらの壁面全体にプロジェクト・マッピングされたように冬枯れの葦が揺れる。
目鼻を失った男や女、少年たちの声が、葦のこすれ合う音にまじって聞こえる。
「豊かな国という幻想の貧しい国」の荒涼とした景だ。




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