
田島三男「ことば」[2025年02月08日(Sat)]
◆詩集『ビー玉の家』からもう一篇――
ことば 田島三男
よいことばほど
とおくまで
人を歩かせてくれる
愛する人を残して
人に旅をさせる
陽を仰ぎ
あせを流していると
そんな旅を忘れてしまう
ひとにぎりの憩いのために
ふたにぎりの
苦しみをいとわない
それでもまた
よいことばに出合うと
なまけものになって
ぶらりと歩き出すだろう
愛する人が口にしない
ことばを
どこかで愛しているから
古い本からあふれることば
旅人の語ることば
よっぱらいのことば
道端におちていることば
ことばの中でも上等なものは
魚屋の店先の
サカナの目に似ている
死んだあとで何かを語る目は
一等のことばのように
むき出しにさらされている
思い切りよく泳いだ姿は
ことばに似ている
よいことばは
そのときいちばんよいから
いつまでも上等だ
考えようとするまえに
ことばは力強く人を歩かせている
よいことばには
必ずしも深い考えがあるのではない
考えすぎることは
からだを疲れさせるが
結局たいして考えていない
よいことばは
人を亡くすときの涙に似ている
むずかしい理屈をこねなくても
あふれる涙は
よいことばに似ている
人を動かし人を殺し
人を納得させる
一等のことばには深い考えよりも
今日燃え尽きることへの共鳴がある
一等よいことばは
人を緩慢に殺し
人にそれを止めさせない
よいことばは
死んだあとも旅をさせるが
実はどこにも行かせない
田島三男(たしま・みつお)詩集『ビー玉の家』(土曜美術社出版販売、2024年)より
◆「ことば」の射程距離は遠いほどよい(時間の上でも空間的にも)。
無論ここでは、ことばの物理的な性質を言っているのではなく、ことばに出会うことで人を突き動かしたり、ある感情や思念を現在、もしくは未来において呼び起こすもののことを言っている。
冒頭および締めくくりに置かれた「よいことば」が持つ力・作用を久しくかみしめたいものだ。