長田弘「無名の死」[2024年12月04日(Wed)]
ベニカナメモチ(紅要黐)(と思う)
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無名の死 長田弘
空は墜ちてこない。
何もかもがつつましい。
朝がきて、昼がくる。
人が一人消える。
一人ぶんの火が燃える。
骨と煙、それだけだ。
ゼロを引いたあとに
何がのこる?
あとに遺された
ありふれた一日。
時計が刻む
いつもの時間。
誰がいなくなったのか。
誰かいなくなったのか。
われわれは誰でもない。
『世界は一冊の本』(晶文社、1994年)所収。
『長田弘全詩集』(みすず書房、2015年)に拠った。
◆ぽつりぽつりと小石を積んでいくように、三行ずつが置かれてゆく。
そうして最終連――
誰がいなくなったのか。
誰かいなくなったのか。
われわれは誰でもない。
一行目の「誰が」の「が」の濁点が取れて、日にさらされ、すっきり骨だけになったような「誰か」になる、たったそれだけの変化に立ち会って覚える虚脱と虚無に驚愕する――それは澄明な諦観などでは、全くない。
空を余すことなく映す平らかな水=無=ゼロは、実はほとんど絶望というべき深い悲しみからにじみ出しているのだ。