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上田由美子「遠ざかっていく友」[2024年08月13日(Tue)]

◆ウクライナ戦争下、ロシア軍が支配するザポリージャ原発で火災。
確かな事情を伝えられるメディアがこの国にはないので、憶測だけが行き交う。
立ち上る黒煙とともに不安だけがくすぶる。

*******


遠ざかっていく友   上田由美子


急報を聞いて
胸騒ぎを消しながら病院へ行く

扉の取っ手の冷たさが足の先まで伝わる
薄明かりの中に友の顔が浮かび上がる

白い布団から
蒼い顔から目だけがこちらを向く


何か話をしなければと
自分の言葉を心の中に集めながら
だいじな時だから
今 だいじな時だから
再び言葉を閉じ込める

寝ている友の手を探す
握り返してきた手から
悲鳴のような かすかな鼓動が伝わる
闇の中に沈んでいきそうな友を
助け出そうと言葉を捜す

突然に襲ってきた
でも やっぱり襲ってきた
病の嵐
吹き荒ぶ嵐の渦
引きちぎれてゆく心を繕う唯一の言葉も
みつからないまま
黙って友の顔を見つめたまま
恐れていた原爆症の発症

病院の白壁の中
茫漠とした空間に
どうして今頃になって
なぜ 今になってと
おびただしい数の「何故」が降って来る
その間を縫って
透明な管の中を赤い線だけが
一定のリズムで動いている
くつがえされることのない「病の宣告」を
二人の間に据えたままで

どれほどの時が流れたのか
カーテンから漏れてくる白い偏光が
鳴り止まぬ暴風の一夜を絡め取って
静かに掬い始める

眠り続けている友

ろう人形のように白くなっていく友
怖いほどの美に包まれて
私から遠ざかっていく



『八月の夕凪』(コールサック社、2009年)より


◆友の突然の発症は、私も共有していた恐れが現実の嵐となり、まず友を襲ったのだ。
握った手から伝わる鼓動は、嵐に引きちぎられまいとして自分の脈と必死につながっている。

「何故」――それ以外の言葉を喪った二人に代わって、この語を引き受け、暴風をもたらした者に正しく突きつけること。

*「被爆体験者」という言葉で「被爆者」との間に線引きをして来た、どこまでも内にむごく、外にヤサシイ「被爆国・ニッポン」。




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