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若尾儀武『戦禍の際で、パンを焼く』35,37,38[2024年05月18日(Sat)]


戦禍の際(きわ)で、パンを焼く   若尾儀武

35

来たよ
と老婆が十字を切っている

もう少し経てば雪が降る
せめてもと毛糸の帽子をかぶせた十字架
それもいずれ雪に埋まるだろう
老婆は花の替わりに手のひらを盛り土にあてている

ああ いつになったら老婆の胸に鐘はなるのか

帰るよ
誰もいない
誰も来ない
森の奥
母音を失った鳥が
くぐもった声で鳴いている



36

老婆が闇に手を伸ばしている

待っていたのだろうか
脈を辿って
戻ってくるものがある
老婆の胸に灯が点る

おかえり
いま パンが焼けたばかりさ



38

長い隊列をつくり
向こう岸を人の影が歩いている
夕闇
広い河をはさんで
こちら岸にも長い隊列を組んで人の影が歩いている

どちらの列からも聲はしない
等しく防弾チョッキの同じ場所に穴をあけ
そこが口であるように息をしている

何処をめざす列か
星が瞬かないので方角がみえない



若尾儀武『戦禍の際で、パンを焼く』(書肆 子午線、2023年)より


◆〈35〉、老婆がやってきたのは夫の眠る墓所であろうか? それとも息子をも埋めることになる奥津城?
そんな不吉な想像をしてしまうのは、「母音を失った鳥」の鳴き声に凄絶なものを感じるからだ。

母音が無声化したり、子音だけで鳴く声は、渇き、くぐもっているにせよ、胸に突き刺さるように聞こえるだろう。

◆〈37〉で、闇の向こうから、手指の脈を辿るようにして――息子が帰って来る予感のようなのだが、それは実は、パンを焼く火がいったん落ちてしまったのに、強いて掻き起こし息を吹きかけて懸命に熾そうとするように、老婆がすでに消えた希望の灯を幻視し、錯乱している姿なのではないだろうか?

◆続く〈38〉の長い隊列は、向こう岸もこちら岸も、さまよう戦死者たちのようにみえる。防弾チョッキの穴は、クラスター弾によって穿たれた致命傷なのではないか。
彼らが歩いているのも。老婆と同じ闇の中だ。



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