若尾儀武『戦禍の際で、パンを焼く』17[2024年05月11日(Sat)]
イボタノキ。前にシンボルスカの詩「詩篇」で「水蝋樹」と訳出されていたのがイボタノキのことだと書いたことがあるけれど、正しくこの木を指すのかは依然として不明。
*イボタノキは中国原産で、朝鮮半島、日本に分布するという。
★シンボルスカ「詩篇(祈り)」[2022年6月11日の記事]
⇒https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/2343
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◆ウクライナが奪還していたハリキウにロシア軍が再び攻勢を仕掛けているとの報。
若尾儀武の『戦禍の際で、パンを焼く』の第U部に、そのハリキウのおばあさんが登場する。
確か、2022年の侵攻間もなくのころ、話題になった人だ。
戦禍の際(きわ)で、パンを焼く 若尾儀武
17
ハリキウ郊外の広場
逃げ遅れた兵士が人目に晒されている
少年の面影を残す頬に血の気がない
風は冷たい
兵を取り巻く輪が狭まりも広がりもしない
声を発するものもいない
布袋を手にした老婆が
輪の一角を解いて進みでる
そしておもむろに布袋の口を開いて
兵士に一握りのヒマワリの種を手渡す
食えといっているのか
故国の庭に蒔けといっているのか
じりじりとした戦線
若い兵士は
小刻みに震えながら
灰色の空を見ている
空は高くも
低くもならない
どこまでも平だ
若尾儀武『戦禍の際で、パンを焼く』(書肆 子午線、2023年)より
◆今年、ヒマワリの種は、米ドジャース・ベンチで、ホームラン・バッターを祝福するアイテムになっている。
一方は平時のセレモニーの小道具だが、他方は生(せい)への帰還を全霊込めて兵士に促す明日への糧食であり、ウクライナのシンボルである。
海の向こうに思いをはせようとする者にとっては、ヒマワリの種を見るたびに、広げた想像の翼を左右に引き裂かれる思いがする。



