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宮澤賢治〔鉄道線路と国道が〕[2024年04月25日(Thu)]



〔鉄道線路と国道が〕 宮澤賢治
        一九二四、五、一六、


鉄道線路と国道が、
こゝらあたりは並行で、
並木の松は、
そろってみちに影を置き
電信ばしらはもう堀りおこした田のなかに
でこぼこ影をなげますと
いたゞきに花をならべて植えつけた
ちひさな萱ぶきのうまやでは
馬がもりもりかひばを噛み
頬の赤いはだしの子どもは
その入口に稲草の縄を三本つけて
引っぱったりうたったりして遊んでゐます
柳は萌えて青ぞらに立ち
田を犁(す)く馬はあちこちせはしく行きかへり
山は草火のけむりといっしょに
青く南へながれるやう
雲はしづかにひかって砕け
水はころころ鳴ってゐます
さっきのかゞやかな松の梢の間には
一本の高い火の見はしごがあって
その片っ方の端が折れたので
赭髪(あかげ)の小さな goblin が
そこに座ってやすんでゐます
やすんでこゝらをながめてゐます
ずうっと遠くの崩れる風のあたりでは
草の実を啄むやさしい鳥が
かすかにごろごろ鳴いてゐます
このとき銀いろのけむりを吐き
こゝらの空気を楔のやうに割きながら
急行列車が出て来ます
ずゐぶん早く走るのですが
車がみんなまはってゐるのは見えますので
さっきの頬の赤いはだしの子どもは
稲草の縄をうしろでにもって
汽車の足だけ見て居ます
その行きすぎた黒い汽車を
この国にむかしから棲んでゐる
三本鍬をかついだ巨きな人が
にがにが笑ってじっとながめ
それからびっこをひきながら
線路をこっちへよこぎって
いきなりぽっかりなくなりますと
あとはまた水がころころ鳴って
馬がもりもり噛むのです


『春と修羅 第二集』の〈九九〉
(『校本 宮澤賢治全集 第三巻』筑摩書房、1975年)より

【語注】
赭髪…赤い髪
goblin…ゴブリン。西洋の伝説では意地悪な森の小人。子鬼。


◆この詩が生まれたのはちょうど百年前だ。
さまざま者たちが登場するが、「もりもり」かいばを噛む馬や「ころころ」鳴いている水、はだしの子どもだって「うたったりして」いるのだから、誰も彼も春を謳歌していて、つまらないセリフなどは口にしない(ゴブリンだって座って休んでいて、悪さはしていない)。
「にがにが」笑う「巨きな人」もそうだ。

百年前に夢みることができた世界を、いま果たして私たちはどこに押しやったのだろう。
それとも、夢など全く必要としなくなってしまったのだろうか。




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