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宮澤賢治「春」[2024年04月23日(Tue)]

DSCN0781カタバミ.JPG
カタバミ

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春   宮澤賢治
        一九二四、四、二七、

向ふも春のお勤めなので
すっきり青くやってくる
町ぜんたいにかけわたす
大きな虹をうしろにしょって
急いでゐるのもむじゃきだし
鷺のかたちにちぢれた雲の
そのまっ下をやってくるのもかあいさう
  (Bonan Tagon, Sinjoro!)
  (Bonan Tagon, Sinjoro!)
桜の花が日に照ると
どこか蛙の卵のやうだ


『春と修羅 第二集』の「七八」。
(『校本 宮澤賢治全集 第三巻』筑摩書房、1975年)より


(Bonan Tagon, Sinjoro!)…ボーナン ターゴン、スィニョーロ。
  エスペラントで「旦那さん、こんにちは」の意。
 *原子朗『新 宮澤賢治語彙辞典』(東京書籍、1999年)による

◆「向ふ」からやってくる人物が誰なのか、この詩の下書稿によれば、「判事」もしくは「医者」あるいは「所長」と書き直しが何回かある。いずれにせよ、主人公とは確執か何か事情があって、未だ和解を済ませていないという間柄らしい。

ではあるけれど、春の雨が上がって、向こうが足早にこちらに歩いてくるのを、声をかけようと待ち構えて見ている、という場面のようだ。
悪くはない気分で、もう仲直りしても良いナ、とさえ思っている。
それにはお互い、わだかまりなく挨拶を交わすことだ。胸の内でその練習をして置こう。

そう思えるのも、春の光が誰をも包んでいるからだし、生き物の蠢動を促す風が町全体を吹き渡っているからにちがいない。季節の訪れは、誰にだって平等だ。



 
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