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吉本隆明「崩壊期」[2024年03月24日(Sun)]


崩壊期  吉本隆明

遠いところに小さな回想がある
回想のなかに真昼の小さな風景がある
幼年が追ひかけていつた風景
もうすべての購
(あがな)ひうるものは購ひつくしわれらに崩壊ははじまろうとしてゐる
決定された方向にゆきつくしたわれらの愛と憎しみ
想外のことに見まはれることのない低落した生存
われらの影には自愛の痛手がつきまとつてゐる
何処へともなく歩み出してゐることで
無下な復讐もうけてゐる
外界から崩れかかってくる未来の風景と
われらのこころの支点をくつがへす回想のなかの風景と
けつきよくわれらはほそぼそとした路を
きわめて不興気にゆかうとしてゐる
われらは帰心を喪ひつくし
まるで鋼のようにくすんだ季節のなかをつきぬけて
まるでメカニズムのやうに
まるで揺動することなく
時をうちけそうとしてゐる
この歩みが抗ふことに似てうち克ちがたく苦痛であるのは
われらのうちと外とに崩壊の時が重なつてくるからだ



『吉本隆明初期詩集』(講談社文芸文庫、1992年)より

◆モスクワでのテロ事件にこの詩の最終行を重ね合わせずにいられない。
題名にもある《崩壊》が、我々の暮らす社会の内外に、繕いようのない形で陸続と起きる時代。
これでもかこれでもかと繰り返される悲劇。

◆「われら」――詩に限らず、現代の言葉として用いることのまれになった一語。
「われら」が存在することを見失わないこと、「われら」と認識する視座、「われら」として協働する意思――つまり「われ」を他者に開き、他者の視線や価値観をも取り込み研ぎ澄ます生き方、あきらめや撤退を乗り越えようとする、細いファイバーをよじり合わせ太い芯にするしぶとくしたたかな歩み――困難に立ち向かう、細々としていても確かに先へと通じている道とは、そこに見い出しうるものだろう。




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