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田島安江「遠いサバンナ」[2024年02月15日(Thu)]


遠いサバンナ  田島安江


夕日がはじけ
草原に稲妻が走る
稲妻は火を生み
見渡すかぎりの草原は炎で焼きつくされる
そのあとは
草木が芽ぶくまでじっと待たねばならない
餓死するか
待てるか
またたく間に日が翳り
草は芽を吹き
草原は緑で覆いつくされていくはずなのに
わずかな時間の裂け目を待てずに
旅にでる動物たち
遠いサバンナ

旅はゆっくり歩くのがいい
坂道をのぼるときも
手すりにつかまり
風が吹きぬけるのを待って
そっと次へ進む
風はとつぜん
はるか遠くの海から吹きあがってくるから
青い海のふちをぐるり
ゆるゆると動く

わたしのサバンナ
夜になると少しずつ空気が冷えてくる
空から舞いおりてきた翼のとがった鳥
鳥はわたしの背骨に飛びのる
背骨がきしむ
旅する姿勢になる

わたしの遠いサバンナ
今はもう待てない
ぶかぶかの靴は捨てる
足にぴったり合った靴を履いて
旅に出る


『遠いサバンナ』(書肆侃侃房、2013年)より


◆詩集の表題となった一篇。

生きることは、何かを待つことでもあるのだろう。
それは心の中に満ちてくるものを大事に飼い養うことでもある。
この詩の「わたし」にとってはサバンナがそれだ。

「ぶかぶかの靴」に足を入れていた幼少の頃から、その景色はなじみのものだった。
海辺を歩き、畑中の道を踏み分けても目の前にサバンナはいつも見えていたから。

と同時に、いつそこに足を向けることができるか分からない点で、はるか遠いものでもあった――空間的にも、生滅を果てしもなく繰り返す時間の上でも。

旅立つときを告げたのは、太古の空を飛ぶ大きな鳥の降臨――第三連の「翼のとがった鳥」は翼竜のようだ――間違えてはいけないのは、その鳥に「わたし」が乗るのではなく、「わたし」の背中にその鳥が飛びのることだ。
旅立ちに耐えられる背骨と筋肉をしっかり備えているか、押しつぶされることなく、「おう」と応えて立ち上がることができるか。



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