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谷川俊太郎(どの一生も)[2023年11月27日(Mon)]

DSCN7530c.jpg

横浜みなとみらいの今年のツリー。
アニメとタイアップしているようだが、世情に配慮してか、例年より渋めだ。

*******


(どの一生も)  谷川俊太郎


どの一生も
言葉に
尽くせない

一輪の
花と同じく

唯一の
星の
地上に
開き

誰の
哀しみの
理由にもならずに
宙に帰る



『虚空より』(新潮社、2021年)より


◆わたしたちは、どこから来て、どこにゆくのか。

学生時代、「哲学」の授業の一時間目、樫山欽四郎教授の問いがこれだった。
ナマ学生(がくしょう)にスッパリした解を出せるはずもないのだが、食べることにアクセクせず、大事なことがこの世界にはあるということだけは頭の片隅に置いとくよう、暗黙の裡におっしゃっていたのだと思う。
パワポもない時代の大教室での講義、ノートなどに目を落とすことなく、学生たちに語って倦むことがなかった。
講義を聴くとは、同じ時間をともに呼吸することだったと、振り返ることがある。

◆冒頭に掲げた詩は、上の哲学上の問いに対する一つの解として読み味わうことができる。
もっとも、凡夫が自分のことを「星」にたぐえるのは愚かな話だ。
「誰の/哀しみの/理由にもならずに」生を全うすることは殆ど無理だということぐらいはわきまえている。地上に暮らして得た実感はそんなところだろう。
にもかかわらず、詩人が嘉してくれるように、「宙に帰る」のだったら、それ以上誰を哀しませることもなくて済む、
「帰る」ところがある、というのは幸せだ。

けれど、「帰るべきところがない」人々はどうする?
「地上に開」く「唯一の/星」として遇してもらえぬ人々はどうなる?



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