
田村隆一「出発」[2023年09月07日(Thu)]
出発 田村隆一
おまへは信じない 私の生を
私は出発する 雨の中を
暗い岸壁に私の船が着く
……そして私の生の幻影が
黙って私は手を振る
それなのに おまへは信じない
私の生を 雨の中の私の出発を
現代詩文庫『田村隆一詩集』(思潮社、1968年)より
◆敗戦の翌年の暮れに発表された詩。
その3年前の1943年12月に学徒出陣で海軍に入隊した田村にとってこの「出発」は、戦地に赴くはずだった己の、実現しなかった幻の船出を意味するだろう。
「暗い岸壁」に着いた船に確かに搭乗する定めなのに、「おまへは信じない」。
「信じない」――そのことが己を生かした当の力であったのかも知れないのだが、あの時も今も、幻影の生を生きていることにおいて変わりがないのは、どうしてだろうか。
(台風13号が接近中の秋の雨夜に。)