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辻征夫「見知らぬ子へ」[2023年09月01日(Fri)]


見知らぬ子へ  辻征夫


何だかとてもおこりながら
すたすた歩いて行くおかあさんのうしろから
中学に入ったばかりかな? 女の子が
重い鞄をぶらさげて
泣きながらついて行く

ときどき振り向いて
いいかげんにしなさいと
おかあさんは叱るけれど
悲しみは泣いても泣いても減らないから
やっぱり泣きながらついて行く

あんなにおおきな悲しみが
あんなにちいさな女の子に
あってもよいものだろうかと
とあるビルからふらりと出て来た
男のひとがかんがえている

そのひとはね ちいさいときに
とても厳しいおかあさんがいて
男の子は泣くものではありません! て
あんまりたびたび叱られたものだから
いつも黙っている 怖い顔のひとになっちゃったんだ

そのひとは(怖い顔のままで)
きみのうしろ姿を見ていた
それから
黙ってきみに呼びかけた
振り向いて ぼくを見てごらん!

涙でいっぱいの まっ赤な眼で
もちろんきみは振り向いて
黒々と立っている 見知らぬひとを見たのだけれど
そのひとが 黙ったまま
こう言ったのは通じただろうか

もうだいじょうぶだよ
なぜだかぼくにもわからないけれど
きみはだいじょうぶだとぼくは思うんだ
でも泣きたいときにはたくさん泣くといい
涙がたりなかったらお水を飲んで

泣きやむまで 泣くといい



『船出』(童話屋、1999年)より


◆事のいきさつは分からなくても、気の利いたことばが何一つ出てくるわけでなくても、見知らぬ誰かの悲しみを受け止めてあげることは出来る。

感情を押し殺すことに慣れてしまっていても、あふれ出る気持ちが涙になるしかないことを忘れてしまったわけではない。
言葉を呑み込んでしまうことに慣れてしまっていても、それを伝えずにいられぬ気持ちまで忘れてしまったわけではない。

◆悲しみの波が、やはり悲しみをたたえた水に出会い受けとめられる――ジョン・ダウランドの「あふれよ、涙」が聞こえてくるような一篇。





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