
谷川俊太郎「よげん」[2023年06月25日(Sun)]
よげん 谷川俊太郎
きはきられるだろう
くさはかられるだろう
むしはおわれ
けものはほふられ
うみはうめたてられ
まちはあてどなくひろがり
こどもらはてなずけられるだろう
そらはけがされるだろう
つちはけずられるだろう
やまはくずれ
かわはかくされ
みちはからみあい
ひはいよいよもえさかり
とりははねをむしられるだろう
そしてなおひとはいきるだろう
かたりつづけることばにまどわされ
いろあざやかなまぼろしにめをくらまされ
たがいにくちまねをしながら
あいをささやくだろう
はだかのからだで
はだかのこころをかくしながら
『夜のミッキー・マウス』(新潮社、2003年)より
◆連の間の行数を、原詩集のレイアウトにならってしっかり空けてみた。
空白部分に想像をめぐらせば、長い時間をかけて悪意や無知、傍観や不作為が積み重なった黒々とした山を見出すことになる。
それに重ねて、伐られ弑(しい)され、抗えぬようアメですっかり丸め込まれた者たちの、影を失い薄れゆく姿が見える。
◆こうしてひらがなだけのことばに向かっていると、大切なものはどれも一つか二つ、せいぜい三つの音で表せることに気づく。
「き」「むし」「うみ」「こども」「そら」……「ひと」、「あい」そして「こころ」。
どれも傷つきやすく、たちまち汚され、失われるものばかりであるゆえに、それらを守る魔法の言葉は、ささやくようにして伝えられる。