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大島邦行「文法」[2023年06月23日(Fri)]


文法  大島邦行


波がさらう足裏の
こそばい
うすっぺらな感覚は舐めるように
肉を削いでいく
夢みた季節はいくつも過ぎた
塩に嗄れた呼吸を整えも
声はくぐもるばかりで
あれからは置いてきぼりだ
手を振ったのではない別れの
時間の傷口は開いたまま
強ばり 巷の素振りに
反響しない現在が喘いでいる
この足裏に呼応すいる律動は
戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、
ではない
戦時下、多くの女性たちの尊厳と名誉を深く傷つけられた過去を、
でもない
いまここにある湿舌を踏みしだいて
語りを 傷つけたとする構文へと
剥ぎとられた主語を拾い集め
屈きょうの俺のきょうの俺の足裏を
まっすぐに繋ぐ文法へ
降りつもる時間に擦れあいながら
そこここに
指の火照りが脈打ち
小さな石くれの
半鐘の記憶に歪む木偶であっても
杜にたどりつけない卵の悲哀は
たしかに ひとつの意志にめざめている


『逆走する時間』(思潮社、2018年)より


◆人が紡ぎ出す言葉は分かりよいものだけとは限らない。
消化の良い詩句だけ口にしていると、読む者の咀嚼力は確実に衰えるし、結果、それが別の誰かの詩との出会いをもたらすことなど期待できなくなる。

この詩の一つ一つのことばは難解ではない。「湿舌」という気象用語が表現するものは分かりにくいと言えば言えるものの、寄せ来る波に足をすくわれそうになる感覚や、足裏に直に感じている砂の崩れが、浜にとどまっていることができず海の中に入って行ったことから直接に生まれていると直覚できさえすれば、読む者もともに波しぶきを浴びながら、海に立つことができるだろう。

この海で己は置いてきぼりに遭った。塩辛く苦い水が、一生癒えることなどないと思える傷口を今もヒリヒリと痛めつける。その塩の水には、空が多量に降らした雨とともに、しとど零れた涙も含まれている。
「手を振ったのではない別れ」――なんという言葉だろう。哀切、と言ってみても、とうてい届かない。

タイトルの「文法」が意味するものは、ようやく詩の後半で理会できるものになる。


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