
下川敬明「口笛」[2023年05月24日(Wed)]
口笛 下川敬明(ひろあき)
わたしから生まれ
わたしを離れ
彼方へ去っていくもの
わたしから翔びたち
わたしを忘れ
彼方へと消えていくもの
言葉を発することなく
この世界の涯て 見知らぬ岸辺に
わたしを誘(いざな)い 置き去りにしていくもの
薄明のなかに佇んでも
風に目を凝らしても
決して見出すことができないもの
その名を呼ぶため
わたしはいつも ひそやかに唇を窄(すぼ)める
★曽我貢誠/佐相憲一/鈴木比佐雄 編の『少年少女に希望を届ける詩集』(コールサック社、2016年)より。
◆わたしから生まれながら、離れていく定めであり、名づけることも形容することも難しいもの、それを呼ぶ手立てが「口笛」である、という。
それは、ひそやかに空気を震わせて消えてしまうのに、いつまでも耳に残って、消えた彼方を注意深く見つめ続けさせる。
わが分身でありながら、呼べどもついに還らぬもの、永遠に焦がれてやまぬもの。