小野十三郎「地下要塞」[2023年02月02日(Thu)]
地下要塞 小野十三郎
たしかに日本国内だが
それはどこか
人里離れた山の中であった。
すうっとからだが墜(お)ちてゆくように思ったらエレベーターだった。
どうしてこんなところにきたのかわからない。
そのまま二十階ほど降下すると
扉が左右にひらいて
そこで私は待ちかまえていたたくさんの人たちに笑顔で迎えられた。
ふしぎなことに
かれらはみな胸に十字に古風な弾薬帯をかけていた。
東京郊外に住んでいる友だちや
その家族の人たちの顔もまじっていた。
かれらはだまって私に手をさしのべた。
おじさん、いらっしゃいと
声をかけてくれる中学生くらいの少年もいた。
それはまばゆいばかりに煌々(こうこう)と螢光燈がともっている
ひんやりとした地の底であった。
ドーリヤ柱列(オーダー)の溝彫りがある大円柱が無限につづいていた。
そしてそこには
かすかにエンジンの響がながれていた。
おまたせしましたと云って
私が外に出ると
これでみな来た
全部! と
だれかが云った。
日本詩人全集26『吉田一穂 高橋新吉 小野十三郎』(新潮社、1968年)より。
詩集『火呑む欅』(1952年)収録の一篇。
◆夢の一場面だろうか。
壮麗な宮殿を思わせる地下要塞に集まっている人々の出で立ちは、地下に潜り、準備万端整え反撃の火ぶたを切ろうとするパルチザンのように見える。
日本の敗戦からまだ数年の1952年の詩だが、いま読めば、現下のウクライナの人々の忍苦の姿に重なる。