
高垣憲正「伏せる」[2023年01月19日(Thu)]
伏せる 高垣憲正
爆弾だ! 伏せろ!
ガバッと倒れ 目と耳と鼻を指でふさぐ
……十秒……二十秒……
こわごわ頭を上げると
キュイリイ キュイリイ キュルルルル
飛行機雲の消えかかる はるかな紫紺の極みに
いま吸いこまれるヒバリの黒いピリオドがあった
毎日まいにち匍匐前進
塩の汗が目にしみる焦熱の砂丘
「あ おもちゃのへいたいさんみたい」
振り向くと あどけない女の子が立っていた
寸づまりのおれは苦笑した そこに確かにおれがいた
〈伏せる〉とは人に対する犬と書く
犬畜生とさげすまれ 犬も食わぬと捨て置かれ
独りで歩けば棒に当たり それでも忠犬とおだてられ
あげくの果ては犬死として忘れ去られ
だが 地に伏し耐えている位置からは
見下ろす側とは違う世界が見えるのだ
降りかかる災禍やり過ごし 目標じっくり見定めて
疾走直前の静かな構え……
日本現代詩文庫『高垣憲正詩集』(土曜美術社出版販売、1997年)より
◆高垣憲正(たかがきのりまさ)は1931年に広島県世羅町に生まれ、尾道工業学校で敗戦を迎えた。先日の開高健と同じく、戦時下を皮膚感覚で知る世代である。
◆ある日の敵機来襲と軍事教練の一コマとを重ねたと思われるこの詩の「おれ」の必死な姿、はた目には玩具の兵隊にしか見えない。
「伏せ」の姿勢の自己を「犬」として客体視せざるを得ないのだが、地上を這う者にはその犬の視点からの意地というものがあるのだ。
身内に蓄えた熱量を、上方の敵へのシールドとして確保しつつ、同時に残りのすべてを噴出させて疾駆する寸前の、全神経で身を鎧うた五分の魂。