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植松晃一「心の泉」[2023年01月14日(Sat)]

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心の泉   植松晃一


心は眠る
自身の深さより深く
感じることなく
欲することなく
ただ習慣だけが残る

何ものかが飛び去った泉は
仄暗(ほのぐら)く 静かに在る
(す)んでいるのか 澱(よど)んでいるのか
小さな物語の気配さえない
もぬけの沈黙

地震でも揺れない心奥(しんおう)の泉
つと舞い降りた白鷺(しらさぎ)
楡枝(にれえだ)の脚で水面(みなも)の中央に立ち
切れ長のまなこを
じっとこちらに向ける

 心が動かなければ
 心を動かさなければ
 時間の密度と価値は
 すなわち生命の充実は
 損なわれるばかりだ
 光あるうちに
 もっとよく見よ

ヒトへのかなしみが募(つの)
地上の涙が嵩(かさ)を増す時刻
泉をついばむ白鷺の翼は輝き 静寂を打った
すべり落ちた一片の羽根を手にわたしは
地下の聖堂に立ちつくしたまま
いつの間にか消えた光の余韻(よいん)に導かれ
心が動き始める


『生々の綾』(コールサック社、2019年)より

◆心の深い奥底に泉があり、そこに白鷺が舞い降り、再び飛び立つ。
泉の存在はその羽根の輝きによって知覚される。
ここで働いているのはひたすら眼だ。
白鷺の翼が空気を打っても音はしない。

この静寂は心が動くのを待っている。
言い換えれば、心が動かない限りそこに音は存在しない。
それは殆ど死を意味する。

生きて在るためには、まず見よ、と詩は言う。
地上の人々の涙が無音のまま嵩を増すさまを見れば、わが心にも同じ深さに悲しみがせり上がって来ずにはいない。
そのとき心は、死同然の眠りから動き始めるのだ、と。


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