
菊池唯子「雪が」[2023年01月08日(Sun)]
雪が 菊池唯子
時間が
降り積もる
時に 底から噴き上げる
峠の夜
チェーンの音とまばらな灯と
ゆっくりと浮き上がっていく花びら
降り込められた壁の中で
美しかったものに気づく
もう確かめようのないもの
半ばくぼみになった足跡
固く凍った
四季
そうして
通りすがりのあえかな灯火のように
遠ざかっていく
降りしきる雪の中
小さく ひかりをこぼしながら
『青へ』(思潮社、2022年)より
◆昨日の「区界にて」とページを接して続く一篇。
時間的にも連続して継起した情景と読める。
◆降り積もるものを単に雪だと了解するだけでは終わらないものを、雪はもたらす。
心にとどめるべきであったものを覆い尽くして、時間の進み行きとともに氷結させ過去へと遠ざけてしまう。
その出会いは二度と起こりえないものであったのに、そのことに気づくのは美が視界から姿を消してしまった後だ。
四季がめぐったとしても、美とわたしとは、もう軌道を異にしている。人もまた。