
菊池唯子の峠の詩「区界にて」[2023年01月07日(Sat)]
くざかい
区界にて* 菊池唯子
雷鳴
小石が当たる音
次の瞬間
雨の管が
わたしの車を包んだ
夜の道は音の壁になり
つぶての重みで
わたしの外側を探るのは
雹
形など捨ててきたはずだった
だが
白く埋まる峠の空は
氷の脚で たしかに
まだある
わたしの形を打っていた
進しかない
それは比喩ではない
打たれるしかない
それは比喩ではない
遠く
山間のせせらぎの光る草原の上に
わたしの片足があり
覆われた幕の向こう はるかに
わたしの片腕が伸びる
積乱雲が
すべての水でたたき尽くすより速く
わたしは
何ものでもないすがたをさらして
大またで
この峠を越えるのだ
(原注)*区界峠 川井村(現宮古市川井)と盛岡市の間にある峠。標高七五一メートル。
『青へ』(思潮社、2022年)より
◆「峠は決定をしいるところだ。」とは真壁仁の詩「峠」の冒頭。
拙ブログでは石垣りんの「峠」を引いたこともある。
★2018/8/26の記事
⇒https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/967
◆もう一つ新しい「峠」の詩が誕生した。
「区界」という、一般名詞として読みそうになる名前の峠が舞台。
峠は、手前と向こうの境界をなす場所であるだけでなく、ここまでと、この先との時間の境目でもある。
雹の急襲は、足もとに深い淵がパックリ口を開け、生も時間も断ち切られようとするギリギリのところに「わたし」を立たせる。
大またで越えるしかない。此岸と彼岸は決して地続きではない以上。