
黒田喜夫「歩いていろ」[2022年11月25日(Fri)]
歩いていろ 黒田喜夫
歩いていろ。
何時も歩いていろ。
ぬかるみにも寒空にも歩いていろ。
たゆまず歩いていろ。
汚れても、やせさらばえても
泣きながらでも
まろびながらでも、たゆまず歩いていろ。
手足をしばる青白いいら草の
感傷は刈り取れ。
卑しいこうもりのように、暗がりにうずくまるな。
小さな穴の、原始の匂いにこころひかれるな。
曙光のときも、光り没するときも
骨身にたえて歩いていろ。
夏にも涸れるな。冬にかじかむな。
心くるめくときは、牛のように自らを律し
心痛むときは、葉のように自らを鼓舞し
そのようにりんりんと
尽きぬ泉の歩みを歩いていろ。
そのようになまなましく
ぎりぎり決着の歩みを歩いていろ。
木島始・編『列島詩人集』(土曜美術社出版販売、1997年)より
◆自らを鼓舞督励する向日的な詩に見せかけているが、ほんとうは、深い悲しみが胸を領しているのだと思う。
まろびながらでも歩く――そうしなければ、あるか無きかの自恃すら、零れた涙とともに地に滲み、やがて消えてしまうだろうから。
その悲しみの半分は、外に向けない怒りでもあるのだ。