
畑島喜久生「アリ」[2022年09月22日(Thu)]
アリ 畑島喜久生
お前には 悔いはないか
ある ある おおあり
悔いのみならず 悩みもが
……とである
アリの頭の上の ナシ棚の梨が(です)
わたしは いっさい無しと
……というより
人においしく食っていただけるのが
楽しくて――って
現代こども詩文庫3『畑島喜久生詩集』(四季の森社、2022年)より
◆少年詩集『わたしの昆虫図鑑』からの一編。
カマキリやハエ、ゴキブリに至るまで、身近な虫たちになり切って
語るのだから、アリの頭上の梨だってしゃべらずにいない。
「ナシ」は「無シ」に通じるので縁起がよくないとして「有りの実」と言い換えることさえあるが、ここでは逆で、「アリ」のほうに「有る」ものといえば、「悔い」や「悩み」といった、「無し」に済ませたいものばかりなのだから、「無シ」の方が幸せなのだ。
その何にもない「梨(ナシ)」の喜びは自らを供すること、すなわち我が身を「無」にすることだというのだから、「無」の徹底は利他の生き方ということになる。
「アリ」が個の中にとどまって窮屈でしんどそうなのに、「ナシ」の方は無一物でありながら豊かで幸せそうだ。