
高細玄一「ファイサルくんのおつきさまへおねがい」[2022年09月14日(Wed)]
ファイサルくんのおつきさまへおねがい 高細玄一
ファイサルくんはガザにすんでいます 4さいです
ガザのまちはとてもおうちがひしめきあっていて
いつもやさしいとなりのおばさんが
おおきなこえでおこっていたりするこえも
おともだちのジャワドくんがおにいさんと
うたをうたっているのもきこえてきたりするので
ファイサルくんはよる みんながねしずまったとき
そうっとまどをあけおつきさまに
きょうのことや いやだったことや
ちょっとこわいおとうさんのことや
そとでみえたこわいひかりのことやらをはなすのです
おつきさまは まんげつのときは
ニヤリとわらって ファイサルくんにうなずきました
つぎのひもそのつぎのひも
おつきさまはみかづきになって
こんどはママよりやさしくほほえみました
イスラエルによる三日連続の爆撃がガザを襲った
一般市民 女性 子ども 動くもの 動かないもの全ては標的となり
「ねえママ おつきさまのことがしんぱいなんだけど」
ファイサルくんはよるにまどをあけておつきさまとおはなしできない
まどは締め切られている
火薬が放つ有毒臭を吸ってしまうかもしれないから
ファイサルくんはなにもたべられなくなって
かおいろはあおくなっておなかはゆるくて
うんちはみどりいろ
「もしぼくがしんだら かみさまは おつきさまをみせてくれるかな」
ガザでは瓦礫の下で子どもを探す親がいます
子どもを亡くした母親が たくさんたくさんいます
おつきさま どうか せめて
ファイサルくんのねがいを 叶えてください
「BIG ISSUE」411号(2021・7・15号)参照。
ガザに住む二児の母エマン・パジャーの手記。
ガザでは二〇二一年五月イスラエルによるガザ空爆、停戦合意後の六月に攻撃が再開された。
『声をあげずに泣く人よ』(コールサック社、2022年)より
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◆行ったことのないガザの、会ったことのないファイサルくんの声が聞こえるように思う。
それはおつきさまが、夜空を見上げているあちこちの人に、ファイサルくんの声を送ってくれていて、その一つが(幸いなことに)ここにも届いたからに違いない。
――(おつきさまの出ない夜はどうしたらいい?)
――ファイサルくんへの返事をいっしょうけんめい考えてみたら?
やさいいおつきさまが再び細いかおを見せたらすぐに、「届けてくれるかい?」とお願いできるように。