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ハルィーナ・クルーク「戦争反対(ノー・ウォー)」[2022年08月11日(Thu)]

◆文芸誌『すばる』7月号にハルィーナ・クルークという現代ウクライナの詩人の作品が載っていた。
ウクライナ語原詩も載っていて、それは文字列が中央寄せ(センタリング)で組まれているので、沼野充義氏による縦書きの訳詩も同様に中央寄せにしてある。
横書きであるこのブログにも中央寄せの機能はあるので、トライしてみることにする。ただし、パソコン上とスマホとでは画面表示がうまく行くか心もとない。
見づらい点はご容赦を。
(※スマホを横長画面にすると、おおむね翻訳の行替えのイメージで読めるようです。)

***

ノー・ウォー 
戦争反対   ハルィーナ・クルーク

               沼野充義・訳



あなたは「戦争反対」(ノー・ウォー)(訳注1)というプラカード

取り返しのつかない罪の赦し(訳注2)のように掲げて立つ。
でもこの戦争を、開いた傷口からあふれる動脈の鮮血のように
止めることはできない――それは死ぬまで流れ出つづける。
武装した男たちのように私たちの町にはいりこみ
偵察部隊のように中庭にしみ込んでいく。
致死的な水銀の玉、元には返せない。
押し戻すことはできない。せいぜい追跡して見つけ出し、無害化
することだ。
軍服を着ていないこのマネージャー、事務員、IT技術者、学生たち
はいままでの人生で、市街戦の訓練を受けたことはない。でも戦争が
教えてくれる――野外で、痛いほどよく知った場所で。大急ぎで、ま
ず最初にテロからの防衛のために戦闘経験のある男たち、その後には
もう、DuneやFallout(訳注3)しかやったことがないゲーマーたちが、
せいぜい知り合いのバーテンダーから火炎瓶の作り方の短期講習
を受けただけで駆り出されていく。
近所のナイトクラブでは子供たちが眠り、泣き、生まれてくる――生
まれるのに一時的に相応しくなくなったこの世界に。屋外の児童公園
ではチェコの針鼠(訳注4)たちが調理をし、死の「ドリンク」を家
族ごとに注いで回る。そしてすべての家族がようやく交歓と集団労働
の甘い喜びを知ったのだ――戦争は人から人への、誕生から死への距
離を、そして私たちが望まなかったものから私たちにできると分かっ
たものへの距離を縮めてくれる。――「ママ、お願いだから電話に出
て」と、高層ビルの地下室で一時過ぎに女が呼びかける、執拗に暗い
声で、奇跡を信じ続けて。でも彼女のママは郊外の、電波の届かない
地帯(ゾーン)にいる。そこでは集中的に砲火を浴びて崩れ落ちたプレハブのパ
ネルが安物の積み木のように積み重なり、電波塔はすでに昨日から
人々を結ぶのを止め、世界は
「戦争反対」のプラカードの折り目に沿って
戦争の前と後に引き裂かれている。あなたは抗議デモの帰り道、
そのプラカードを近くのごみ箱に捨てるだろう。
ロシアの詩人(訳注5)よ――

戦争は無関心な人々の手によってだけ殺戮を行うのではない。
同情を寄せながら、実際には何もしない人々の手によっても
また殺戮を行うのだ。

     
(二〇二二年)


Copyright コピーライトマーク by Halyna Kruk

(訳注1)この部分は原文英語でno war。
(訳注2)カトリックで言う「免償」。罪に伴う罰の免除。
(訳注3)ヴィデオゲームの名前。原文英語。
(訳注4)敵の戦車の進行を防ぐために道路に置く対戦車障害物。もともとチェコで開発され、ハリネズミを思わせるとげとげした形状のためこの通称がある。
(訳注5)ブルーノ・ヤセンスキー(一九〇一―一九四一)が念頭にあるものと思われる。死後出版された長編『無関心な人々の共謀」(一九五六)には、次のようなエピグラフが掲げられている。
 敵を恐れるな――かれらは君を殺すのが関の山だ。
 友を恐れるな――かれらは君を裏切るのが関の山だ。
 無関心な人々を恐れよ――かれらは殺しも裏切りもしない。
 だがかれらの沈黙の同意があればこそ、
 地上には裏切りと殺戮が存在するのだ。(工藤幸雄・江川卓訳)。
なお、ヤセンスキーは厳密に言えば、ロシアの詩人ではなく、ソ連に亡命して、ロシア語でも作品を発表するようになったポーランドの詩人・小説家である。苗字はポーランド語風には「ヤシェンスキ」。

【訳者注記】ウクライナ語原文にはタイトルなし。ここでは便宜的に英訳タイトルを掲げるが、著者の意図をくんだものではない。

***

◆結びのことばが腹に重く響く。
〈戦争は無関心な人々の手によってだけ殺戮を行うのではない。
同情を寄せながら、実際には何もしない人々の手によっても
また殺戮を行うのだ。〉


――善意や良心は、ただそれだけでは偽善に等しい。プラカード一つが摘発の理由になる国でなくて良かった、と思う自分がどこかにいる。

かつて、動員などでなく初めて自由意志でデモに向かった日、プラカードを入れたカバンを抱えドキドキしながら電車に乗っていた頃から大して成長していないじゃないか。


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