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ブローティガン〈気づくとは――〉[2022年07月05日(Tue)]


気づくとはなにかを失うことだ  
   リチャード・ブローティガン



気づくとはなにかを失うことだ。
このことに気づくのにぼくはなにを失ったかについて考える、
  もしかしたらそのために嘆くことになるかも。



中上哲夫・訳『リチャード・ブローティガン詩集 突然訪れた天使の日』(思潮社、1993年)より

◆詩に人生訓や賢人の教えといったものは求めない。
この詩も、そんな「役に立つ何か」になることを意図して紡がれた言葉ではない。

「気づく」を「なにかを失うこと」と等価であると考える人は、ふつう居ない。
「気づく」ことを、漫画の噴き出しに描かれたランプのようにイメージするなら、灯ったランプは、ある何かを照らし出して、それを手に入れたと思わせるに違いない。
それで「見つけた!」とか「しめた!」と思って終わり……それが普通だ。

だが、この詩人は、ランプの明かりが浮かび上がらせてくれたものよりも、ランプによって逆に見えなくなったものの方に眼と心が向かってしまうようなのだ。
ほんとはそっちの方に、もっと大切なものがある、という直観――恐らくそれは正しい。


★以前取りあげたブローティガンの詩「木」は……
[2020年1月1日の記事〈深い森の中で生きて〉]
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1452





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https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/2367
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