
友部正人「けらいのひとりもいない王様」[2022年06月29日(Wed)]
「けらいのひとりもいない王様」より 友部正人
けらいのひとりもいない王様が
草原を行く
王国を一度も持ったことのない王様が
馬に乗って行く
浜辺では魚たちが騒いでいる
王国はいつも王様の入っていけない
ところにある
月は線路端の柵を
照らしている
男の子の親たちは家の中で
晩ごはんを食べている
ねえ、君だけどうして
晩ごはんを食べないの
家族はいつも男の子の入っていけない
ところにある
汽車は坂道をのぼり
山をくだる
旅人はドアのところでさっきから
外の景色を見ている
おじいさんやおばあさんたちがひざを折り
お茶を飲んでいる
旅はいつも旅人の入っていけない
ところにある
『名前のない商店街』(思潮社、1980年)より
◆七連ある詩の前半三連。
◆むかし、倫理の時間に「人間疎外」という言葉を教わった。
いまこの言葉をほとんど見かけないのは、問題が解消したからではなく、むしろその逆。異とするに足りないほど、「疎外」が常の状態になっている、ということだろう。
◆自分たちにとって望ましくない状態なのに声をあげないというのは、意気地無しだ。