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「お手本がない」ということ[2022年06月18日(Sat)]


お手本   友部正人


お手本という本があります。
子供はこれを読んで大きくなります。
誰が書いたのかわかりません。
大昔からあったものなのです。

おとなになってもお手本はあります。
お手本はくせになるという短所があります。
ずっとお手本に頼って生きていると
誰だってお手本を手放せなくなります。

どんなものにもお手本があります。
お手本はどこにでもおかれています。
さりげなくトイレにもおいてあります。
いつだってお手本を手にとってながめることができます。

寝るときにもお手本は必要です。
枕元にお手本はかかせません。
どうやって眠るかは人には重要なことです。
だけど夢見ることは教えてくれません。

夢にお手本はありません。
夢にお手本はありません。
夢の中のことはお手本にはできません。
夢のお手本はありません。

お手本マニアという人がいます。
あらゆるお手本をそろえてから生きる人のことです。
お手本を組み立てて迷路にして遊びます。
そしてそこから出られなくなります。

愛のお手本はありません。
ラブストーリーならたくさんあります。
どれもお手本みたいな顔をしていますが、
実は愛にお手本なんてないのです。

お手本がないものははやりません。
みんなお手本が大好きです。
お手本に自分を重ね合わせます。
だけど自分のお手本なんてどこにもないのです。

愛のお手本はありません。
自分のお手本はありません。
夢のお手本はありません。
お手本にお手本がないように。

いつかお手本がなくなって
古本屋さんでも見つからなくなったら
人はお手本から自由になって
愛や自分や夢を見つけられるでしょう。


友部正人(ともべまさと)『退屈は素敵』(思潮社、2010年)より


◆たまたま読んでいた本に、次のことばが引いてあった――

二世紀頃、ギリシャで書かれたアルテミドロス『夢判断書』は、冒頭で「夢(オネイロス)と睡眠中の幻覚(エニュプニオン)とははっきり区別される」と定義する。その違いは「夢が未来のことを表わすのに対し、睡眠中の幻覚が現在のことを表わす」ことにあるという。

 ――荒木浩『古典の中の地球儀』第7章〈夢と日本文化〉(NTT出版、2022年)

この定義を上の詩に応用してみるなら、「夢」は未来のことに属するのだから「お手本」などないのは当たり前だ、と納得せずばなるまい。この道をこれこれの通りに生きよ、と決められてしまっているなら、不自由のあまり、絶望してしまうだろう。
実際には、「お手本に重ね合わせ」た人生と自覚しないまま、独立独歩の我が人生と錯覚しているだけなのかも。

◆愛もまた然り、と言われれば、人生相談で持ち込まれる多くの悩みに対する回答のほとんどは好い加減なものだ、ということになる。
正解なんかないと突き放した方が、むしろ良心的な回答と言うべきだろう。

◆一方で眠りの中の幻覚は、さまざまに今現在の悩みや不安の表れであろうから、目覚めてなおそれを訴える声には、ただちに向き合わなければならない、ということでもある。



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