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山口春樹「半世紀後のささやかな配当」[2022年05月30日(Mon)]

半世紀後のささやかな配当  山口春樹


戦後まもない小学生のとき
つやつやとした厚手の紙が何枚も
部屋の屑籠に捨てられていた
真っ白な地に 黒々とした大きな文字がきちんと並ぶ
急いで父に訊ねると
――マンシュウテツドウのカブケン
とそっけなく言い
紙くずや と怒ったように言い添えた
紙くず!
(教科書でさえすぐに破けるザラ紙だった)
大切にしまっておいて
眺めたり撫でたりし
ヒコーキになって生垣を飛び越えたものもある

それが満州鉄道の株券だと知ったのは高校生の時
なぜ傀儡(かいらい)政権の株を買ったのか そして
なぜ何十万の人々がどっと「満州国」に渡ったのか
語気を強めて父に質すと
――みんなそうするからと勧められ つい乗ってしもたんや
いつも滔々(とうとう)とのたまう父が力なく言い
――チェンバレンはよく見てる
と間を置いて呟いた
チェンバレンとはだれなのか
なにを見たのか
つい聞きそびれ
気になっていた

ずっとのち
とっくに逝った父の書斎に答えがあった
B・Hチェンバレンの『日本事物誌』に〈日本人は付和雷同しやすい民族……〉とあり
鉛筆で傍線が引いてある
〈日本人〉とくくられるのが気にさわり
本の扉のチェンバレンの髭面を眺めていると
しんとした父の書斎に声が聞こえはじめる
――時勢や流行(はやり)に背を向けて 肩書を気にもせず冷や飯を食わされながら独自の研究をするなんて おまえもばかだ。いいだろう。日本ではそれだけの意味はありそうだから……
負けず嫌いの父の 川向こうからの声らしい。


 *B・H・チェンバレン=明治初期に日本に滞在し、「古事記」などの古典を世界に紹介したイギリスの言語学者。



★注も含め『山口春樹詩集』(新・現代詩文庫、土曜美術社出版販売、2022年)より


◆雑紙入れに白い紙がクシャクシャになって何枚も入っていた。丸まった薄紙もいくつか。
ネット販売で取り寄せた品をくるんだり、緩衝材として品物の間に挟んであった紙らしい。紙の質や色合いから推して近隣国の産と思われた。メモ用紙としては無理でも、キッチンペーパーの下敷きぐらいには使える。
リユースできそうなものだけシワを伸ばして取り置いた。

◆「リサイクル・リユース・リデュース」の3RからSDGsに至るまで、オカミが大号令を発して進めようとする限り、付和雷同の波が過ぎれば見向きもしなくなる。

◆足もとに寄せる水波が干上がることはないと島国にいて信じているけれど、少し以前には、大陸を風に吹かれてどこまでも転がって行くヨモギ草の身の上だったのだと思うことがある。






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