
抗うように――高橋順子「波・鳥・魚」[2022年05月25日(Wed)]

ムラサキカタバミ
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波・鳥・魚 高橋順子
昨日のように 一昨日のように
波は遠くで騒いでいた
鳥は遠くを飛んでいた
海へ下りていく石段で転んだのは誰
海から拒まれたのは誰
海のなかで
魚が笑っていた
魚を黙らせてください
大丈夫 じきに歩けるようになって
海まで行ける
海がそこにあれば
昨日のように 一昨日のように
鳥は遠くで騒いでいた
波は遠くを飛んでいた
鳥が笑っていた
波が笑っていた
鳥が襲ってきた
波が襲ってきた
海が来た
海にさらわれたのは誰
鳥を黙らせてください
海を黙らせてください
高橋順子『海へ』(書肆山田、2014年)より
◆九十九里浜東端の飯岡町(現 旭市)をふるさととする詩人が、大震災後3年目に上梓した詩集から。
「飛び、笑い、騒ぎ、襲う」《波・鳥・魚》に対置されるのは、《人間》。
いかに嘆き、泣き叫び、地団駄踏もうとも、圧倒的な力の前には完全に無力だ。
それでも、言葉を引き揚げようとする――恐ろしく冷たい海の底の、とてつもない圧する力に抗うように。