福永武彦のソネット「星」[2022年01月14日(Fri)]
◆福永武彦といえば、マチネ・ポエティクの運動の中心であり、異邦の詞華を香り高い訳詩でこの邦に紹介するとともに、自作の詩によっても日本語の世界を豊かにすることに腐心した。
「夜 及び その他のソネット」では十四行詩という形式だけでなく、精神の水脈を感じさせる連作になっている。即ち異国に蒔かれた信仰の種が芽吹いて花を咲かせようとしていることを目の当たりにする。〈夜〉の中の「誕生」に続く一篇を――
星 福永武彦
堕ちた星は想ふとはの緑
時の葉にしたたる日日は早く
朱の酒を投げてあかつきを焚(や)く
陽のめぐりは止む涯(はたて)にひとり
白鳥の冬をいろどる記憶
ほほゑみの夜を埋める塵は
この夢に先の世の謎を置く
日に帰る翼は泯(ほろ)びに落ち
古い業(ごふ)をきざむ無垢のいのち
うつせみの日を越えて虹の澪
神神のいとほしむ愛を待つ
さすらひの夕べ旅情をわかつ
天のととのひを地の悲しみを
『福永武彦詩集』(岩波書店、1984年)より
◆4・4・3・3、計14行という数のみならず、各連の行末の一音を順に並べれば
〈り・く・く・り〉
〈く・は・は・く〉
〈ち・ち・を〉
〈つ・つ・を〉
と、音の入れ替えなど配置にも留意して音調をととのえ、脚韻を構成していることに気づく。
「澪」は「みを」であり、最終行「悲しみを」と同じワ行の「wo」である。
「o」で済ませようとしなかったのは、「o」と「wo」は別音という意識が働いていたためと思う。育った言語環境(母語とした地域)および文字を習得して行く中で培った言語感覚やことばに対する意識(話し言葉と書き言葉のズレ・不一致への気づきも含めて)が伺われる言葉の選び方である。
それは、書かれた詩が音読されたり歌としてメロディーを伴って歌われることにも意を用いたことを示している。