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秋山景「この家」と「日米地位協定」[2021年12月04日(Sat)]

◆アンソロジー『詩と思想 詩人集2021』は、481人の詩人の作品を一篇ずつ収める。
その中でも次の詩は、言葉の連結の不思議で立ち止まらせる。


この家  秋山景


 この家は日米地位協定をないことに、することができるように思える。中央省庁は、日米地位協定をないことにすることが、できないように思える。非常任理事国に、日米地位協定はないことが正しいような思惑は、あるように思える。常任理事国に、日米地位協定はあることが正しいような思惑は、あるように思える。日米地位協定がある現実は、日米地位協定があるとても悪い現実だ。未来の、日米地位協定がない現実は未来の、日米地位協定がないとても正しい現実だ。月に、日米地位協定がない現実は月に日米地位協定が、ないとても正しい現実だ。国際連合に、なる前だったときの国際連盟があった世界の、秩序の生者たちは国際連合に、なる前だったときの国際連盟があった世界の秩序の、生者たちだった。国際連盟が、できる前だったときの国際連盟がなかったときの世界の、無秩序の死者たちは国際連盟が、できる前だったときの国際連盟がなかったときの世界の、無秩序の死者たちだった。一人の外国人の、画家はすべての日本人たちの話し声を、聞きたくなっていたように思える。一人の外国人の、画家はすべての日本人たちが発する音を、聞きたくなっていたように思える。一人の、外国人の画家は近くのすべての外国人たちの、話し声が聞こえないようになりたいように、なっていたように思える。一人の外国人の、画家は近くのすべての外国人たちが、発する音が聞こえないようになりたいように、なっていたように思える。父の家の外の、近くから聞こえていた話し声と一人の外国人の、画家に聞こえていた話し声は近かったように、思える。父の家の外の近くから、聞こえていた音と一人の外国人の画家に聞こえていた、音は近かったように思える。目の前で、話したいことを話したいあなたに。歴史はこの、家の盾になっている。中央省庁はこの家が、日米地位協定をないことにすることは、できないように思っているように思える。この、家のとても正しい盾だあなたは。あなたに、この世がとても似合っている。あなたは、地球にいる生体の生者だ。月はこの世の月だ。月に矛盾している生者は一人もいない。月に矛盾してない生者は一人もいない。父が、アトリエがあった家の外の屋内で話していた。話し声はなまってなかった。日米の、矛盾している現実がこの世にあるように思える。この家の外にこの家を、ないようにしたい邪心がある。日米地位協定は人種差別に近い。あなたはこの家があることが、とても正しいように思っているように思える。とても強い父は、とても強いあなたは、とても弱いレイシズムは。この家の外の邪心はとても弱い。この家はとても弱いこの家になってない。



◆「日米地位協定」をめぐって、言葉を継ぎ足し、くり返しや反対語を加え、ズラしや朧化表現(「ように思える」の婉曲表現などによって、あいまいにボカす手法)も練り込んでゆく。
どこまでも切れ目無く続くような発語は、悩める人間の、存在に対する根源的な不安から生まれている。
それでいて、冒頭の対句表現からして実はいいたいことは言ってのけている。

「この家は日米地位協定をないことに、することができるように思える。
「中央省庁は、日米地位協定をないことにすることが、できないように思える。


「〜ように思える」という婉曲表現を「黒塗り」(もしくは「白塗り」)すれば、「この家」がもつ潜在力すなわち希望を実現する力と、実現できない「中央省庁」、つまりは日本政府の無能さをを対比させていることが浮かび上がる。官僚たちは日米の力関係や国際政治情勢を「できない」ことへの言い訳にするのだけれども。

終わりの方では「日米地位協定は人種差別に近い。」などと直球を投げ込んでもいる。
(先日の青森県深浦町でのF16燃料タンク投棄事件において米軍や防衛省の対応はすばやかった、と言えるが、その分、沖縄での同種事故における日・米両政府の差別的な扱いが際立ってくる。)

◆結びの「とても弱いこの家になっていない。」も、矛盾を抱えたままの屈折した表現になっている。それが根源的な不安に由来する語法であることはすでに述べた。
根源的な不安を取り除くためには、「この家」の在り方として軍備を持たないことだ。
それが「家」をとりまく「邪心」を霧消させる近道である。

この最後のフレーズにはそのメッセージが込められている。
語と語の間合いの取り方で、「弱い」「家になっていない」という否定的な意味合いにも、「(いつまでも)弱いこの家になって(は)いない(ゾ!)」と腹をくくった意志もくみ取れるようにしてあるのだ。
語の係り受けをアイマイにすることで意味を多重にしたわけである。
それだけではない。音読では上記の二義以外の含みも感じさせることができるはずだ。
たとえば「の家」という意味にも聞こえて来るはずだ。

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