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油壺マリンパーク[2021年09月24日(Fri)]

◆三浦市にある京急油壺マリンパークが今月いっぱいで閉館するそうだ。
生きものたちは各地の水族館や動物園に引き取られていくそうだが。

子どもが小さい頃に行ったきりで、ご近所の一家と車を連ねて出かけたのであったか、それも茫茫。


*******


新川和江〈水へのオード16〉より


11  相模湾     


「たとえばイワシの腸ですがね
S字型に伸びていって さらに長くなると
両端からこういうふうに はじめのS字を巻いてゆきます
われわれが 麻縄をしまう時に巻くのと同じ要領で……」
油壺マリンパークのレストラン
卓上の紙ナプキンに図を描いて
説明をしてくださるのは
世界的な魚類学者でここの水族館長の末廣恭雄(すえひろやすお)博士です
「ヒラメのような平たい魚になりますと
巻き方はこんな具合に渦巻き状に……」

聞いているわたしはいつか水になって
よじれたり くるくる渦を巻いたりしながら
魚のおなかを通ってゆきます
海水の濾過室に案内された時
指先につけて
水槽の水を ちょっぴり舐めてみたせいです

「いろいろな魚がたくさんいますけれど
もしネッシーのような怪魚が生け捕りにされたら
この水族館に 連れてきたいとお考えですか」
「あれはネス湖の上昇気流が見せた
一種の蜃気楼だとわたしは思っています
蜃気楼は 砂漠に限ったことではないのですよ
海や湖も 時としてそうしたミラージを見せます
それよりもシーラカンス
実体のない幻影とちがってこの魚は
アフリカ東海岸に今も棲息していることが証明されています
なにしろ四億年前の海に出現して
数千年前にすでに絶滅したと
長い間考えられていた魚です」
四億年!
一瞬博士の目の色が途方もなく深くなったのを
海の神秘に触れる思いで わたしは見詰めました

生命が最初に発生した場所は海であると
以前なにかで読んだことがあります
それかあらぬか 胎児を保護する羊水は
海の水――つまり鹹水(かんすい)と成分を同じくしているそうです
子供をひとり産んだことのあるわたしは
一度海だったことがある と言ってもよいのでしょうか

水族館を辞したわたしはタクシーをとばして
近代的な橋がつないでいる城ヶ島に渡りました
両側に浜木綿の咲く石段をのぼり
灯台のある台地に立って 海を眺めました

それにしても海よ
あなたはいったい何なのですか
地球の三分の二あまりを
胞衣(えな)のようにくるんでいる この夥しい水は――
あなたはそのまま大きな答えである筈なのに
わたしをいつも 問いのかたちに佇ませる
博士の言われるミラージも見せてくれず
おだやかに凪いでいる 夕陽にただかがやいている 海よ海よ
ほんとにあなたは何なのですか
わたしの唇(くち)にはまだかすかに
さきほどの塩味がのこっていますのに



日本の詩『新川和江』(ほるぷ出版、1985年)より


末廣恭雄(1904-1988)…多くの随筆で「お魚博士」として知られる。東京大学学生歌「足音を高めよ」(1953年)の作曲者でもある。



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