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ゴスペル「明日に架ける橋」[2021年09月12日(Sun)]

◆9・11の追悼記事や特集番組がいくつかあった中に、サイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋」をとりあげた2006年の番組の再放送があった(BSプレミアムカフェ〈明日に架ける橋 〜讃美歌になった愛の歌〉。
グランド・ゼロも出てくるが、番組の後半、この歌がゴスペルとして南アフリカの人々に歌われていることが紹介された。
初めて知った。

アパルトヘイトの軛から解放されて15年ほど経った頃の南アフリカ、教会や学校でこの歌をゴスペルとして歌う若者たちがいた。

ジフレネニという中学校の生徒のことば――「この曲はとにかく美しいから好き。心の奥深く届くので泣いちゃいます。」――そう言って大柄な男子中学生が、本当に泣き顔で話しているのに心打たれた。

親や祖父母が味わった忍苦を若い世代も皮膚感覚として知っている。
その悲しみや喜びを受けとめ、静かな祈りや希望として歌にこめる若い心、その深さとやさしさが強い印象を残した。

*******


受け皿   石原吉郎

おとすな
膝は悲しみの受け皿ではない
そして地は その受け皿の
受け皿ではさらにない
それをしも悲しみと呼ぶなら
おれがいまもちこたえているのは
錐ともいえる垂直なかなしみだと
おそれずにただこたえるがいい


新選現代詩文庫『新選 石原吉郎詩集』(思潮社、1979年)より


◆持ちこたえようとする両の掌を貫いて血を滴らせるほどの悲しみ。
それは、傷つかぬようソフトに受けとめることも、誰かに肩代わりしてもらうことも、ましてや地べたに放り出すこともできないものだ。


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https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/2071
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