辛夕汀「石」――『再訳 朝鮮詩集』より[2021年06月26日(Sat)]
石 辛夕汀(シンソクチョン)
金時鐘 訳
石ひとつ雨に濡れ 蒼く苔むし
しずやかな黄昏(たそがれ) 奥の奥までも透かすかのように耀き
あの石のまぎわ
細(ほそ)やかな蘭ひとつ植えるとしようか
石と同じく もの言わず育ち
月の光のごと 蒼い香り溢れているように
幾万年もまえの物語 抱(かか)えとおしているかのような石……
幾万年もあとの物語 収めとおしているかのような石……
石のように浄らで
穏やかな心 保つとしよう。
聖堂に点った 燭灯(ともしび)のように
澄んで白く 追いきるまで。
金時鐘(キムシジョン)訳『再訳 朝鮮詩集』(岩波書店、2007年)より
◆金素雲(キムソウン)が日本植民地下の1940年に出し、戦後には岩波文庫などにも収められた『朝鮮詩集』を、金時鐘がハングル原詩とともに再訳版として出した詩集。
詩人たちの経歴を再調査し記録してあるのが貴重だ。解放までに悲運の死を迎えた者も少なくないが、この辛夕汀のように戦後、後進の育成に努め活躍したことについても丁寧に記述してくれている。
◆作者の辛夕汀は本名錫正(ソクチョン)。1907-74。若き日、仏典の研究をした人という。
◆寺院の庭であろうか。夕暮れの静寂の中に在る石。
石は、多くの物語を蔵し、そばに来て耳を澄ます者を待っているようだ。
先日引いた李禹煥の「眼差」に相通う心のたたずまい。
★6月15日記事【「見る」という「事件」】
⇒https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1982