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沢田敏子「椅子 ――その隣にある」[2021年03月30日(Tue)]

DSCN4840.JPG

***


椅子 ――――その隣にある  沢田敏子


少女の 隣の椅子が空いているのは
ひとつの問いのためである
待ち続け待ち続け 少女の
影はいつかおばあさん(ハルモニ)のかたちになっていた
おばあさんの影を背に
少女は まだおさなさの残るすがたで待つ
待つこと――それが強いられた宿命だから
アルミ貨幣三枚半ほどの軽さの
ハチドリみたいな
小鳥がきて肩にとまった
いつか少女の魂魄が小鳥になるときのために
おさないものの握りしめた拳ほどつよいものはない
辱めと貶めの
受苦の日の風が少女の額を撫でていく
(ハン)の時間がちいさなつむじかぜをおこす。

〈「お坐り」
 そこにひとつの席がある*
と書きしるした詩人ならどうしただろう
少女の横に 置かれた一脚の椅子
〈「お坐り」
 そこにひとつの席がある〉
スニーカーの女子学生がきて 隣に坐った
少女の顔を拳で 覗き込む 彼女の
黒髪が少し揺れて
触れてみる じぶんの手を 少女に。
しばらくのちに
少女の隣の椅子の前には愁い顔の老人がきて
立ち止まったのち 坐らなかった
だからといって 誰かが責めるわけではない
あの 皺深いおじいさん(ハラボジ)の兄弟を。

裸足で辛苦の道のりを歩いてきた
少女の踵(かかと)の泥土はすでに
ひとびとに拭き清められていたが
擦れた皮膚が癒されるまでの
道のりはさらにながく
ふたつの踵は祖国の地面に
まだ
着地できない
その隣に
象徴の椅子が一脚
腰を深く折ったままにわたしを誘う。



黒田三郎「そこにひとつの席が」(詩集『ひとりの女に』所収)より。
「平和の少女像」の制作者で彫刻家、キム・ソギュン、キム・ウンソン夫妻は作品の細部に宿らせた多くの意味を語るとともに、「彫刻は美術のなかで言えば詩のようなものなのです」と言った。

 ※(二つの*は原註)

沢田敏子『一通の配達不能郵便(デッド・レター)がわたしを呼んだ』(編集工房ノア、2020年)より


◆世界各地に置かれた「平和の少女像」(平和の碑)は昨年のあいちトリエンナーレの〈表現の不自由展・その後〉にも出展され、同展の一時停止、主催者である愛知県知事へのリコール運動とそのための違法な署名運動にまで及んで議論を呼んだ。

まさに像全体が見る者に問いを発し続けているとも言えるが、さて、像をじかに見て発言した人が果たしてどれだけいるだろう?
像の存在に抗議する人のほとんどは慰安婦問題に結びつけていた。
しかし、それは極めて狭い固着した見方というもので、縄でわが身を縛り付けているにひとしく、「自由な表現」から最も遠い。

◆像の問いかけに応えるために詩人は像の前に身を置いた。
「ふたつの踵は祖国の地面に/まだ/着地できない」とは、その時の「発見」がもたらした表現だ。





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