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沢田敏子「花をこぼして」[2021年03月28日(Sun)]


花をこぼして   沢田敏子


老いたひととの別れがいよいよ近づいたとき
わたしには佇むほか なにもできなかったが
そのような日に、絵筆をとって
描かれたという おんな画家の絵の中で
満開を終えた桜が 空にも道にも
花をこぼし続けていた。

樹は花をこぼしていた
影の上にも 陽の下にも。
わたしには このようによるひるのおもいを
傍らに置くほか なにもできなかったが。

老いたひとに 訪れた病は
すでにこの家系には若い人にも前例があった
花が いよいよあすかあさってころか
と 満開のときを若いひとは
おもいねがっただろうか
待たれる日々は また
にくらしい死神への一歩ずつであることを
花を観るひとならきっとうべなうだろう

おもうに 満開は儚い間のことにあらず。
死へのプログラムに埋め込まれた刻(とき)
金泥の背景に微かな樹影を落とし
花をこぼして停止しているかのようだ
それほどにながい〈満開〉を経て
ふと気づいた 残影が
道々に 花をこぼしているだけで
花は とっくに截然と。

*堀文子・画「花吹雪」

沢田敏子『一通の配達不能郵便(デッド・レター)がわたしを呼んだ』(編集工房ノア、2020年)より


◆親しい者との永い別れに臨む日々、せめて想像の中だけでも華やぎを添えてやりたいと願う。
何をどうしたらそれが叶うかは分からないにせよ。

一方で、花盛りの先には死が待ち受けている。

詩の結びは「截然と。」によって不意に裁ち截(き)られる。
鋭い笛の音が空間を切り裂いて、目の前にあったはずのものがことごとく消え失せ、闇に放り出されたかのように。

満開の桜の絵の夢幻がこの一篇を生んだようだ。

第一連に示唆する女流画家は堀文子のことだろう、と見当をつけて読みすすめたら、はたして詩に添えた注に、堀の代表作の一つ「花吹雪」、と記してあった。

★堀文子「花吹雪」(1978年)の画像は下記のサイトなどに載っている。
http://www.meito.hayatele.co.jp/exhibition/2017/1704.html

この記事のURL
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1903
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