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石川逸子「ロンゲラップの海」その2[2021年03月22日(Mon)]

◆石川逸子「ロンゲラップの海」その2として〈3〉および〈4〉を――


ロンゲラップの海   石川逸子


  3

二〇〇四年六月
すでに乗組員十一人をつぎつぎ失い
自らも ガン手術を受けた 大石又七が
元村長ジョンと 訪れた ロンゲラップ島

被曝から半世紀
その間 さまざまなことがあった
次は自分か
久保山愛吉の死におびえた日々
スパイと疑われ
CIA・公安調査庁から身元調査されたこともあった
あの日 どこにもふしぎを打電せず
焼津へとのがれた久保山の判断は正しかったのだ

漁師が 仲買人が 魚屋が すし屋が
損害をこうむり 廃業に追いこまれるものも出るなか
列島にもえあがっていった
水爆反対ののろし

秋雨にも 日本近海のマグロにも
ガイガー管ははげしく鳴った
あいつぐ核実験による放射能が
太平洋にばらまかれてしまったのだ

その間に
日米両政府のたがいの思惑から
バーターになった 見舞金と 原子炉導入
事件から九ヶ月後の すばやく ひそかな 手打ちだ

「ジョンさん
おれたちは日本の原発の人柱にされたんです」
〈原子力の平和利用〉〈原子力時代の到来〉
大新聞はうたいあげ 世論を誘導する

「ジョンさん
見舞金七億二千万円の八一%は
日かつ連に行って
自民党本部の隣に かつおまぐろ会館が建ちましたよ」

「退院しても おれたちの居場所はなかった
〈害をもちこみやがって 元気じゃねえか
おれらも 灰をかぶったほうがよかったな〉
零細漁業関係者から妬まれ
焼津にはいられなくなりました」

不安な体をかかえ 下痢もつづくまま
「アカ」と目され
ちりぢりになっていった 第五福竜丸のヒバクシャたち
東京の片隅で クリーニング屋になった 大石又七
結婚しても 生まれくる子が無事であるかどうか
怯えた


  4

身をひそめるように暮らしてきた
大石又七が
声をあげたのは 一九八〇年前後
待ちのぞんだ 子 は
死産だった
悲しい姿だから「見ないほうがよい」と医師に言われ
水爆ブラボーの灰を浴びたことを 話した

それから 次にさずかった子が 無事に生まれるまでの
どうしようもない 不安
なぜ こんな思いをせねばならない

 川島正義  甲板長 一九七五年没 肝硬変 肝機能障害 四十七歳
 増田三次郎 甲板員 一九七九年没 肝臓ガン(原発性) 敗血症 五十四歳
 鈴木鎮三  機関員 一九八二年没 肝硬変 交通事故 五十歳

そのときはまだ わからなかった
被曝時の輸血で C型肝炎ウイルスに感染していることを
退院後 年一回の検査をした 千葉の放射線医学研究所は
一切 大石たちに知らせていない
自分たちは〈標本〉に過ぎなかったのか

一九七六年 開館した 第五福竜丸展示館を
そっと 仲間と見に行ったのも そのころだ
放っておいてほしい 事件をほじくりださずにいてほしい
と 願っていたはずなのに

水産大学の練習船となったのち
廃船処分となって屑化され 夢の島沖に放り出されていた
かつての漁船は
様変わりしながらも やはり あの第五福竜丸だ
船内をのぞけば よみがえる
操業中の たわいない 団攣
白いみぞれのようなものを 体中に 船一面に浴びた
被曝時の 得体知れない 不安

次々 死んでいった 仲間の
助けをもとめる声が
船底から かすかに 聞こえてくるような気がする……

「一九八四年 和光中学の生徒たちに
はじめて あのときの話をしました
まだ汚れていない目が真剣に おれを見つめていて
はじめて 伝えねば とおもいました」

「生徒たちのなかに 目の見えない少女がいて
一心に聞いている
それで思ったのです
話だけで この子にどれだけわかるだろう」

このときから
大石又七の 第五福竜丸模型造りが はじまる
長さ五十センチの模型船を 手にすると
当時の記憶が あざやかによみがえり
話が苦手だったことも忘れた




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