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〈辛くてそしてかゞやく天の仕事〉宮澤賢治[2021年01月30日(Sat)]

◆昨日と同じくPippo編『一篇の詩に出会った話』のインタビュー締めくくりは作家の宮内悠介という方。彼が就職して七,八年経った頃に「再発見」した詩を。


告別   宮澤賢治
          一九二五、一〇、二五、

おまへのバスの三連音が
どんなぐあひに鳴ってゐたかを
おそらくおまへはわかってゐまい
その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた
もしもおまへがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使へるならば
おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう
泰西著名の楽人たちが
幼齢 弦や鍵器をとって
すでに一家をなしたがやうに
おまへはそのころ
この国にある皮革の鼓器と
竹でつくった管とをとった
けれどもいまごろちゃうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだらう
それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあひだにそれを大抵無くすのだ
生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ
すべての才や力や材といふものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさへひとにとゞまらぬ
云はなかったが、
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう
そのあとでおまへのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまへをもう見ない
なぜならおれは
すこしぐらゐの仕事ができて
そいつに腰をかけてるやうな
そんな多数をいちばんいやにおもふのだ
もしもおまへが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき
おまへに無数の影と光の像があらはれる
おまへはそれを音にするのだ
みんなが町で暮したり
一日あそんでゐるときに
おまへはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまへは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌ふのだ
もしも楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ

                  
『春と修羅 第二集』作品第三八四番
*『校本宮澤賢治全集』第三巻(筑摩書房、1975年)によった。

*****

◆久しぶりに卒業生から電話を頂戴した。

日差しのまぶしい尾根道だけを歩いて来たのではない。回り道も谷底も経験したはずだけれど、初志を貫き、父君を看とる大きな務めも立派に果たして間もなく還暦を迎えようとしている。
「辛くてそしてかゞやく天の仕事」をまだこれからも、いくつも、いつまでも続けてほしいと願う。

〈すべての才や力や材といふものは
 ひとにとゞまるものでない
 ひとさへひとにとゞまらぬ〉


――ほんとうにその通りだと思う。



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