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ひきだしの中に銃[2021年01月29日(Fri)]


ひきだし   西尾勝彦

 彼の職場の机のひきだしには、拳銃が一丁かくされている。かくされているといっても職場のひとは皆、その事実を知っている。
 なぜなら彼は、仕事上のしくじりが重なり、職場でのイライラが募ってくると、おもむろにひきだしから拳銃を取り出し、あたりかまわず発砲するからだ。拳銃といっても、どこかで拾ってきたような安っぽいおもちゃで、しかもタマが入っていないから引き金を引いてもカチカチとむなしい音がするだけだ。だから彼は「ぱん ぱん ぱん ぱん」と自分で大声を上げ、威勢をつけて撃ちまくる。
 職場の人は皆、それが始まっても、ちらとしか見ない。僕はどちらかというと面白がって眺めている方だ。三十秒ほど、ぱんぱん叫びながら撃ちまくる彼を見て「もっと撃てよ」とか、「こっちには撃つなよ」とか、「ねらいはあいつだよ」とか思っている。
 撃ち終わった後、彼はいつも涙を浮かべて笑っている。僕は、そんな彼を見て、なぜかほっとする。そして、職場に再び平和と安定がおとずれる。彼は、子猫を扱うように拳銃をひきだしにかくす。いや、かくしたつもりでいる。
 それで、彼の仕事が終わる。ついでに僕の仕事も終わる。




Pippo『一篇の詩に出会った話』 (かもがわ出版、2020年)より。
*元の収録詩集は『言の森』(BOOKLORE、2012年)


◆この詩の「彼」に赤塚不二夫マンガの、やたら銃を振り回すお巡りさんを連想するかも知れないが、両者の存在意義は全く対極にある。
マンガのお巡りさんは脈絡なく権力を濫用する者の象徴として戯画化されているのに対して、この詩の「彼」は、尻込みしている多くの者になりかわって「仕事ができないイライラ」や「押しつけられたものをこなさなければならないやりきれなさ」に対しておもちゃの銃を発砲することで抵抗と異議申立を敢行しているように見える。
悲鳴を上げる代わりに「ぱん ぱん……」と大声を上げる点にも注意だ(もし、沈黙したまま引き金を引いたなら、印象は全く違ってくるだろう)。

同僚たちが「ちらとしか見ない」にしても、黙殺や無視でないのは確かであるし、何より、それを面白がって見ている「僕」がいる。「彼」が孤立しているのではないのは、銃を放つ「彼」が表現者である、ということによる。

◆『一篇の詩に出会った話』は編者によるインタビューをまとめた本だが、「ひきだし」という詩との出会いを語っているのは、「七月堂」という出版社の後藤聖子氏。






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