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山尾三省「ひとつの夏」[2020年08月02日(Sun)]

DSCN4144.JPG
ムラサキシキブの花。
花もうっすら紫色を含んで、やがて鮮やかな紫色の丸い実になるのだが、デジカメというもの、紫色や桃色を再現するのは余り得意でなさそうで、もどかしい。腕のせいかも知れないが。
「セイショウナゴン」という名の花も花菖蒲にあるそうだ。さて「イズミシキブ」という名を持つ花もあるだろうか?

*******


◆新聞の小さなコラムで山尾三省(やまおさんせい 1938-2001)という詩人を知った。
東京生まれだが、77年、家族とともに屋久島に移住。詩作し祈る暮らしを続けたという。
詩集の一つに『びろう葉帽子の下で』がある。1986年に世に出、今年の2月には新版が出ていた。


開いて見ると次のような一篇に出会った。

ひとつの夏   山尾三省

ひとり ひとりの人が
ひとり ひとりの顔を持っているように
ひとつの夏は
ひとつの顔を持っていることを 忘れてはならない
去年の夏
海には魚があふれていたが
今年の夏
海に魚影はない
去年の夏
あなたは海に泳いでいたが
今年の夏
海は泳がれることを拒否している
去年の夏
あなたはまだ生きておられたが
今年の夏
あなたは もうここにはいない
ひとつの台風が 海をかきまぜ
山々を暗くし
核廃絶の願いのみが 正しく世界を流れている
去年の夏
夾竹桃の花は美しく咲いたが
今年の夏
一輪のプルネリアの花が むしろ祀られている
三つの仏桑花(ハイビスカス)の花が咲き
五つの悲嘆が流れている
ひとつの夏は
ひとつの顔を持っていることを 忘れてはならない
失望してはならず
希望することも 許されてはいない
四十年前には
広島・長崎の夏と呼ばれる ひとつの夏があった
玉音放送を聴いて 号泣して土手を走る ヤチヨさんを見た夏でもあった
あなたが初めて自力で 海に泳いだ夏であった
この夏
あなたの眼は深く閉ざされ
核廃絶を 正しく祈ることが初めて行われている
プルネリアの花
夾竹桃の花 サンダンカの花
ここには初めて祈るものの夏があり
これまで祈らなかった 罪深いもののひとつの夏がある
海に魚の影はなく
山に時計草の実も熟さない
ひとつ ひとつの夏は
ひとつ ひとつの顔を持っていることを 忘れてはならない
この世に 核兵器という悲惨があることを
忘れてはならない
すでに四十年前に一つの正しい祈りが流れ
ただそれだけが今もなお流れていることを 忘れてはならない
あなたの今年の夏を
正しく看(み)つめなくてはならない


新版『びろう葉帽子の下で』より
(野草社。1987年第一版、1993年新装版、2020年増補新版)


◆1945年8月に流れた「ひとつの正しい祈り」は、75年後の今もなお流れているだろう。

原水爆禁止世界大会が初めてオンラインで始まったこの夏にふさわしい祈りのことばを、繰り返し読む。
  



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