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梅雨は明けたものの……[2020年08月01日(Sat)]

DSCN4146.JPG

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オシロイバナの種が姿を見せ始めた。

*******

◆関東もようやく梅雨明け。
7月には台風の発生がゼロで統計を取り始めた1951年以降で初めてのことだという。

【7/31夜 NHKニュース】
台風 7月の発生 初めてゼロ「油断せず備えを」気象庁
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200731/k10012544611000.html

新聞等も同じような書きぶりで、こうした年は冷夏や秋の台風多発が心配、などと、この先への備えを説く。
ただ、読んでいて胸がスースーする感じがつきまとう。何か欠けていてスッキリしない。

◆しばらく考えて思い当たったのは、台風ではなかったが、7月上旬に九州、とりわけ熊本を中心とする記録的豪雨が台風並みの甚大な被害をもたらしたことだ。(「令和2年7月豪雨」と名づけられ、降雨が持続集中・持続した理由を説明する「線状降水帯」という用語も登場した。)
月末には最上川がいくつもの場所で氾濫するという豪雨もあった。

報道側にすれば、それらはそのつど報じて来たし、被害が浮き彫りにした治山・治水の問題や避難方法の課題も取り上げてきたはずだ。
だが「7月 台風ゼロ」と見出しが付いたとたんに、豪雨被害がなかったことにされてしまったような感じがする。
被害に遭った人たちの復旧作業は今もこの先も続けられていくのに、7月分の新聞を回収袋に入れヒモでしばって「はい、終わり」、と片付けてしまうような感じがつきまとうのだ。

◆日々最多を更新する新型コロナ感染拡大の渦中にあって、数字に驚く感覚も鈍磨していく感じが否めない。慣れて行くというよりも、足もとから湧いてくる不安を、新聞回収袋のようなものに収納し、あとは見ないようにしたい、という心理が働いているのではないだろうか?

そうした気持ちに捕らわれてしまえば、患者とその家族、医療や介護の現場の窮状に想像力を働かせる余地もなくなってしまうだろう。


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