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〈深い森の中で生きて〉[2020年01月01日(Wed)]

DSCN2455-X.jpg
鉢巻きをした白菜はとても人間めいて見える。境川べりの家庭菜園で。

*******

木   リチャード・ブローティガン
         橋源一郎・訳

木のようにひっそり
われわれは年をとっていく
そしていつか建築用の板きれになる頃には
深い森の中で生きていたなど
覚えてはいないのだ


リチャード・ブローティガン詩集『ロンメル進軍』 (思潮社、1997年)より

◆元旦である。
夕方に田舎の母親に電話したら「もう、正月も終わったし」と言うので、どきりとした。
年越しから元旦の夕方までの一日足らずの時間が、数日も経ってしまったような感覚で暮らしているのか、と思ったのだ。

◆電話を終えてから、あれは単に「正月のご馳走を食べた」という意味だったかと考え直したが、そうだったとしても「ご馳走を皆で囲む賑やかな食卓も終わってしまったし」という気持ちを含んでいただろう、と思える。
即ち、子や孫に囲まれた楽しい一時もアッと言う間だった、という感慨をこめた一言だった、ということになる。
90年余のさまざまな記憶と時間が短い言葉の中に溶け込んでいる。

***

◆上掲の詩、人間の生涯を木にたとえているのだが、切りそろえられ削られて役に立つ「板」に生まれ変わるよりも、森の中で深い呼吸をして生きているほうが幸せかも、と思わせる。
その一方で、木は生まれ変わってさまざま役に立つが、人間の方は果たしてどうか、と皮肉っていると読めなくもない。
さらに言えば、〈役に立つor役に立たない〉で値踏みすることに慣れた我々を嘲笑っているようでもある。



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