
はがねの鯉にまたがって[2019年03月27日(Wed)]
朝日を受けた桜のつぼみ。
今日には開くだろう。
いつもの境川べりの土手道で。
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朝の散歩 南川隆雄
逝くときは朝方だろうね――
ささやきは耳たぶに斜めの針穴をあけた
するりと夢のそとにでて
からだをねじって周りを見わたす
そしてだれよりも早く起き遠くまで足をのばす
ささやきはここまで洩れ聞こえるようだ
震える水があるとついのぞいてしまう
はがねづくりの鯉が身じろぎもせず
背に乗れと言ってくれている
蚊の小母さんとよぶ水馬も親しげに寄ってくる
もしや伝える術のない伝言を携えているのかも
見れば あちら側から蜘蛛の糸が外気にまで逆に垂れ
水鏡のなかのひとのからだを貫いている
細糸をたどって空という底しれぬ淵を浮びあがれば
ぽっかり彼岸の湖面に頭をだせるとでも
いたずらに生きのびてきたおかげで
逝く人びとの背中をさまざまに見送ってきた
いつも一枚のくもり硝子をあいだに立てかけ
度胸はさっぱりつかなかったけれど
次の朝を待つだけの日とはなに
きょうもなんの変哲もなく過ぎそうだ
いくらか陰うつに貌をつくり 踵をかえす
*水馬…アメンボ
◆作者は相模原にお住まいの詩人。その街から境川を眺め、江ノ島で相模湾に注ぐさまに思いを馳せて詠んだ作品もある。
川下に棲む者が水面に目を凝らせば、散歩のついでに「はがねづくりの鯉」にまたがった詩人が流れを下ってくるかも知れない。
『みぎわの留別(りゅうべつ)』(思潮社、2018年)に拠った。