
矢澤準二「飛ぶ」[2023年05月30日(Tue)]
飛ぶ 矢澤準二
両腕を横いっぱいに広げて
やや前傾するみたいにかるーく走って
左足で地面をトンと蹴ったら
宙に浮いていた
なんか廃墟みたいなところで
石の円柱とか石ころがゴロゴロしてて
でも浮かんでいるので
躓くことはない
腕は翼ではないのだけれど
特に気を入れて羽ばたく動作
もしてないのだけれど
こういうの浮遊感っていうの?
浮いた先は砂漠で
地平線まで砂の海で
太陽の落ちるあたりに
小さくシルエットがあって
目を凝らしてみると
それは夕陽の中の
ピラミッドの影
つまりそこはお墓で
そうか
そういうことかと
『チョロス』(思潮社、2020年)より
◆自分の命終に気づいたのが往生する直前で、了解した瞬間に一気に暗転するというか、あるいはホワイトアウトして何も映らなくなるというか、幸せな結末になっている。
己の墓が地上最大級の墳墓であるピラミッドであると示唆して終わるのだから、恵まれた生涯と言うべきだ。
……むろん、果たしてそこが終着点か、当人がそう思い込んだだけで、確かめることはできない。確認のすべがないのはこの詩の読者も同じ。
◆つかの間であれ、同じ夢を見せてくれるところにこの詩の功徳はある。
だいたい、生涯のほとんどを墓づくりに費やした古代の王とは違って、我らは労せずしてその遺産を自由に活用できる分、エコ度において一日の長がある(想像力=浮力である限りにおいて、だけれど)。
【(カテゴリーなし)の最新記事】