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つぶやき 24.07.20 やれないことが多々でてきました。 [2024年07月20日(Sat)]
 スタッフの定数は満たしていますが、最近やり切れない仕事が少しずつ出てきましたが、何とか乗り切れる覚悟をもってやります。嘆くこと、愚痴ではなく、考え方を変えてやっていきます。決意表明です。
Posted by ピアファーム at 15:56 | 雑感 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
観光ぶどうを始めて10年になりました。 [2024年07月14日(Sun)]
 時が経つのは早いもので、観光ぶどうを始めて10年になりました。障がいのある人たちとの新たな職域の拡大として、接客をメンバーがしてお茶出しや受付を担って貰っています。メンバーと一緒だからここまで来れたかなと思っていますが、年間4000人の方が来られるようにもなりました。
 美味しいぶどうを栽培して販売していくことは、当たり前ですが、メンバーがのびのび働ける場、お客様との対応を楽しんでもらえるようにもなりました。まだ、まだ、行き届かない面もありますが、来て頂いた方が少しでも楽しんでもらえたらと思っています。
 今年は7月19日からのスタートです。よろしくお願いいたします。

ベルジェポスター(20240719版_pages-to-jpg-0001 (1).jpg
つぶやき24.06.19 人材の育成、後継者育成 [2024年06月19日(Wed)]
 今まで利用者の工賃向上を目標に事業に取り組できましたが、先月は一人月平均7万円を越えるようになりました。それで事業目標を人材の育成、後継者育成としていきます。抽象的な表現ですが、地域農業、就労支援での農業を担う人材を育成していいくのが私の役割と考えています。その一つとしてこれまでの取り組みをまとめて20周年記念誌にしたいとの思いがあります。
 伝えること、こうした考えてやってきたことを整理したいと思っています。

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リンゴです。
Posted by ピアファーム at 16:59 | 雑感 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
つぶやき 24.06.15 暑い日が続きます [2024年06月15日(Sat)]
 今年は梅雨は来るのだろうかと思うほど暑い日が続きます。畑は潅水対策をしながら作物を守っていますが、やはり雨にかなうものは無いような気がします。来週は夏至ですので、雨のなかで作物がすくすくと育つのですが、今年はそうもいかないようです。雨は降ると気圧が下がり気分も憂鬱になったりするのですが、今は晴れているので熱中症対策が一番です。
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 畑の潅水です。灌漑が出来ているので干ばつの不作なしと言われています。
Posted by ピアファーム at 15:26 | 雑感 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
つぶやき 24.06.02  例年になく順調です。 [2024年06月02日(Sun)]
 早いものでもう一年の半分が終わり6月になってしまった。毎日少しずつ作業を進めていますが、ナシもブドウも栽培工程の一番大切な月が6月です。今年は思いのほか作業が順調にでナシの摘果も例年になく早いペースで進んでいます。

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 写真は摘果前のナシ品種「あきずき」です
Posted by ピアファーム at 11:12 | 作業日誌より | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
某誌に事業所紹介をしました。 [2024年05月20日(Mon)]
農業で工賃給与向上をめざし、令和6年4月は一人月平均7万円

2008年に農業で工賃給与向上をめざして取り組んで今年で17年目になります。当初より農業(果樹栽培)と販売に特化して、担い手のないナシ園を継承して取り組んできました。また、耕作放棄地を2.2haをメンバーと共に開墾して、サツマイモや白ネギを作付けして、8年前から生食ブドウ苗を植えてきました。
私たちが営農している福井県の北部にある坂井北部丘陵地は約1,000ha広がる農地でスイカ、メロン、ナシ、トマトなどの特産地で特に日本ナシの幸水、豊水は福井県内でに大きな産地ですが、後継者不足により廃園が余儀なくされているナシ園を継承して来ました。

社会福祉法人から独立分社して10名のメンバーとスタッフ3名でスタート、設立当初よりメンバーの月平均工賃給与向上に取り組み、障がい基礎年金と合わせて月10万円を越えることが事業目標でした。これまでの成果として今年4月から工賃給与を改定して、当初の目標であった一人月5万円から7万円になりました。初めは就労継続B型が居場所でしたが、少しずつ意欲がでて働く場になり最近はA型、一般企業から移行してくるかたもでてきました。

「さりげなく あたりまえに はたらく」をモットーに農業で働くことに特化した就労継続支援B型事業所としてメンバーのやりがいと所得保障、できることを大切にして人、事業を伸ばしてきました。ピアファームのHPから日々の働く姿をご覧ください。

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璃の香レモンの花です
Posted by ピアファーム at 10:01 | 雑感 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
農業で工賃給与向上をめざし、令和6年4月は一人月平均7万円 [2024年05月18日(Sat)]
   農業で工賃給与向上をめざし、令和6年4月は一人月平均7万円

2008年に農業で工賃給与向上をめざして取り組んで今年で17年目になります。当初より農業(果樹栽培)と販売に特化して、担い手のないナシ園を継承して取り組んできました。また、耕作放棄地を2.2haをメンバーと共に開墾して、サツマイモや白ネギを作付けして、8年前から生食ブドウ苗を植えてきました。
私たちが営農している福井県の北部にある坂井北部丘陵地は約1,000ha広がる農地でスイカ、メロン、ナシ、トマトなどの特産地で特に日本ナシの幸水、豊水は福井県内でに大きな産地ですが、後継者不足により廃園が余儀なくされているナシ園を継承して来ました。

社会福祉法人から独立分社して10名のメンバーとスタッフ3名でスタート、設立当初よりメンバーの月平均工賃給与向上に取り組み、障がい基礎年金と合わせて月10万円を越えることが事業目標でした。これまでの成果として今年4月から工賃給与を改定して、当初の目標であった一人月5万円から7万円になりました。初めは就労継続B型が居場所でしたが、少しずつ意欲がでて働く場になり最近はA型、一般企業から移行してくるかたもでてきました。

「さりげなく あたりまえに はたらく」をモットーに農業で働くことに特化した就労継続支援B型事業所としてメンバーのやりがいと所得保障、できることを大切にして人、事業を伸ばしてきました。ピアファームのHPから日々の働く姿をご覧ください。

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 写真 皆で白ネギを植えました、




Posted by ピアファーム at 14:44 | 助成事業報告 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
草刈り、除草がより良い農産物栽培と安全作業をになう [2024年05月11日(Sat)]
 ピアファーでは6.7haの農園とそれに付随する農道の管理をしています。よりよい梨やぶどう、野菜の栽培などをしていくため、そして減農薬、獣害対策、作物の病害虫の予防に必要な作業となっています。また、この草刈りや除草で作業の安全と品質管理が維持できます。
 4月から11月の8か月で約20日間で一回の草刈り、除草をしていますが、年間で約90haの草刈りをする形になり、農業、栽培、就労継続支援B型事業においてはとても大切な作業になっています。乗用草刈り機でナシ、ブドウ樹を1本づつ点検、安全な作業ができることをチェックして危険と思われる箇所を洗いだして、危険因子を取り除いていきます。管理面積が広いので草刈りの稼働もとても多くこれも危険因子の一つです。
 安全な農作業はやはり草刈りから始まります。

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Posted by ピアファーム at 10:47 | 作業日誌より | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
継続支援B型事業で17年目、多様化する事業のあり方 障がい者就労支援にかかわって感じること [2024年04月20日(Sat)]

2.入所更生施設(精神薄弱者入所更生施設)に勤務して(昭和53年から平成3年)
今は精神薄弱者入所更生施設のような施設はなく、今ならグループホーム、生活介護、就労継続B型事業所が一体となった施設で当時は知的障がい者福祉の主流でした。障害種別は知的障がいの最重度の方から軽度の方まで100名は利用する施設でした。
療育、就労支援を同時に処遇(支援)いました。

1) 最重度の方の療育支援を担当して
耳もきこえない、言葉もない、知的障がいも、最重度の方を担当させてもらっていました。排泄も介護が必要でしたので主に介護や機能訓練、音楽セラピーなどが毎日の主な業務でした。介護や一緒に散歩しているとその人の優しさにふれた時は何とも言えない幸福・充実感を味わいました。
でも介護、機能訓練やセラピーのなかで最重度の方が変わっていく姿を見て、この仕事の素晴らしさをお世話する方より教えてもらったと思っています。この施設では更生棟40名、重度棟30名、高齢者棟30名で構成された施設でした。

2) 更生棟40名の人たちと関わりで教えてもらったこと
 とにかく様々な方がここで暮らしていました。戦後のドサクサのなかでもまれて人で悪い人の手先になって犯罪にかかわったり、飲み屋でホステスをしていたりして本当に面白い話を聴かせてもらいました。軽度の方ですので、色んなことができる人たちで喧嘩も多かったようでした。
 でも、家庭から離れてここで暮らすことの切なさや割り切れない思いがあり、同時に家族の苦労もわかったようにも感じました。でも施設で暮らすことで貯めた障害基礎年金を家族が持ち出すのも複雑な思いでした。当時は職場実習(今でいう施設外就労)で貰った手当。給料はすべて本人たちが貰っていましたので、障害基礎年金を合わせると10年以上働いた方は多額の預金があったようでした。

3) 職場実習として施設から町の企業に働きにでる(今で言う施設外就労でしょうか)
 更生棟40名の内15名程の方が地域の企業で実習の名目で働きにでていました。アルバイトに近い形で製材所、食堂、スーパー、木工所等に行っていましたが、会社の従業員三さんと同等な対応してもらい社内旅行、食事、祭りにも呼んでもらっていました。たとえ施設に暮らしても地域の一員となって働けることに感謝をしていました。
 いずれも障がいがあっても逞しく生きている姿が地域を豊かにしたのではないでしょうか。

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Posted by ピアファーム at 14:15 | 私の想い | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
就労継続支援B型事業で17年目、多様化する事業のあり方 障がい者就労支援にかかわって感じること [2024年04月15日(Mon)]
1. はじめに
20歳の時に父親が倒れて大学を休学、大学を辞めるかもしれないと思いで障がい児にかかわりたいとの思いて当時の福井大学の藤本文朗先生を訪ね、自閉児の家庭指導をさせもらった。それから50年、この障がい者就労支援にかかわってきた。今思うと福井の工業高校から夜間の福祉大で学ぶことができたことが私の人生をここまで成長させてくれるとは思わなかった。貧乏でもあったが心の豊かさを育むことができたスタートだったと思う
何とか大学で戻って障がい者福祉のサークルにも入り、障がい者福祉の本を片っ端から読み始めました。特に近江学園、信楽、一麦寮の実践には大変共鳴をしました。福祉から学ぶことの多さを知ることができたこと、人は変わることができたこと、何もできないと思っていた重度の障がい者が働きたい願う姿に励まされた人生でもあります。

1) できるようになることの素晴らしさ
 就職をして重度障害者棟に配属され、身辺処理などの着脱衣、排せつ、食事の世話をするようになった。施設のスタッフや周りは大学卒の人が重い人たちの世話をする姿を驚きでもって見ていたようだ。でも学生の頃、大津市のびわこ学園実習で慣れていたので周りは違和感があったようですが、私には極普通のことでした。
 「勤務する以前はとても暗い寮内でしたが、あなたが来てくれたことで寮内が明るくなり、着替えのできないFさんはできるようになったね。」と先輩寮母さんから言われたことが今でもありがいと思っています。

2) 差はあっても別ではないこと
 障がいの重い人、軽い人、できない人、できないことの差はあっても人として別ではないことを実践していくことで回りが明かるくなり、ニコニコとなっていきましたが、差はあっても別ではないことは常に実践課題と思っています。

3) 願いを実現することの大切さ
施設(入所)を出て自立した暮らしたいと80年代前半にその願いをグループホームへと結びつくことができました。施設でお世話をすることも大切ですが、願いを実現していくことも大切さを学びました。
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Posted by ピアファーム at 14:16 | 私の想い | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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