私、今では、神経がだいぶ図太くなりましたが、
若い頃は、か細くて、気持ちが、上下下しやすかったです。
あるとき、「10代、20代の前半は、親のせい(子育てのせい)にできるけど、
社会に出たなら、もう自分のせいですよ。あなたの人生は、あなたが作るものです」
と言われて・・・
確かに、60歳、70歳になって、何かを「親のせいだ」とは言わないだろうな・・・
でも、そう簡単に、自分の気持ち、性格が切り替わらないでいました。
ときには、深い深いプールの底に、沈んだ気持ちで、
このままだと、本当に息が出来なくなる。
底を蹴り上がろうか、このまま窒息しようか、
やっぱり生きていたいと、蹴り上がったことが、
何回か、ありました。
それくらい、下、下、下、なときもありました。
表面的には、明るくしていましたけどね。
誰にも気づかれなかった。誰にも言わなかった。
そのときは・・・
今考えたら、「うつ」でしたね。
そんな中、茨木のり子の詩の一つに出会いました。
頭を殴られました(そんな感じ)
手帳に書き写し、もう10年近くなりますが、時々見ています。
お尻を叩かれている気がして、
いつしか、私の座右の銘のひとつに「ダメで元々」が、生まれました。
その詩を紹介します。
〜自分の感受性くらい〜 茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのは、わたくし
初心、消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもがひよわな志に過ぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ